第5章 工作
重々しい空気が流れる一室―――
そんな部屋に彼女…。
樋口一葉は居た。
「上腕・大腿筋断裂 全身Ⅰ度熱傷 下顎骨剥離骨折 前頭骨・胸椎裂離 頚部靭帯損傷…そして昏睡」
彼女に話し掛けているのは彼女の。
ひいては彼女の所属する組織の一番上に君臨している者―――ポートマフィアの首領だ。
辛うじて生きている。
そう云われているのと同意としか思えない怪我の数々。
彼女の先輩に中る芥川龍之介の現状だった。
「派手に毀損されたものだね。任務失敗の代償という訳だ」
「申し訳ありません」
樋口は言い訳1つせずに謝罪する。
『人虎の生け捕り』
先日から彼女たちが担っている任務だ。
その任務は達成する手前で、失敗に終わってしまった。
人虎―――中島敦との戦闘に芥川は敗れたのだ。
首領である森鷗外は彼のカルテと思われる用紙を手に取った。
「此の儘意識が戻らぬかも知れないね」
「そんな!」
「……。」
今まで静かだった樋口は、慌てた様子で応えた。
「気を落とすことはない。君達は佳く頑張ったよ」
そのカルテをテーブルの上に置き、続ける。
「確かに探偵社の襲撃に失敗し人虎の捕獲を謬り輸送船を積荷ごと沈めたけど頑張ったからいいじゃあないか。頑張りが大事 結果は二の次だ。そうだろう?」
「……。」
首領の言葉を、眉間に皺を寄せながら受け止める樋口。
「そうそう」
そこに、さらに追い討ちをかけるように首領は云う。
「作戦中、芥川君が潰した密輸屋――『カルマ・トランジット』の残党が手勢を集めているそうだ。芥川君への復讐だろう」
「!」
樋口が静かに驚く。
「良いかね樋口君」
首領は目の前にあった食事を始める。
しかし、言葉は、止まない。
「マフィアの本質は暴力を貨幣とした経済行為体だ。何を沈めても誰を弑しても良い。だが暴力を返されることは支出であり負債だよ」
「そんな負債などと―――」
樋口が初めて反論した。