第19章 策動
翌日ーーー
珍しく仕事をしている太宰は、国木田と共にとある建物に来ていた。
「金庫の暗証番号だけですか?」
「はい……。その他の事は凡て判るのにこの金庫の暗証番号だけ如何しても思い出せず………」
「その男の云う通りに金を払ったら思い出せた、と」
国木田の言葉にコクッと頷く男。
高級ブランドのスーツを身に纏い、装飾品にもこだわりのある男。
この建物の中で、1番上の地位に立つ者だ。
男の話を聞き、うーん、と手を顎に宛ながら考えはじめた太宰をチラリと見て、国木田は続けた。
「その金庫の中身は貴方の1番大切なものだったのですか?」
「!?」
男が驚く。
「中身について詳しく訊く気はありません。ただ、『最も』大切なものだったのか否か、これだけをお答え頂けないですか?」
「……。」
暫くの間、沈黙が流れる。
そして、男は国木田の質問に肯定の意を示した。
「矢張り、此処もだったか」
手帳に今まで話していた内容を簡単に纏めながら国木田は息を吐いた。
「大切なモノ、ねぇ」
ここ最近、大企業の社長をはじめ、裕福層を狙った恐喝事件が多発していた。
なんでも『最も大切なモノの記憶』だけが無くなってしまうらしく、それの返却と引き換えに多額の金銭を請求されるというものだ。
ある社長は妻の記憶を。
ある富豪は愛人のためにプールしていた金の在処を。
今回の社長は会社の運営においての機密事項を入れていた金庫の暗証番号を。
「交渉にきたという男の特徴から、此処の社長の云う通り、とても一般人とは思えんな」
「うーん……」
国木田の言葉を聞きながら未だうーんと唸っている太宰。
「先刻から何なんだ。何かあるなら教えろ」
「いや、武装した黒尽く目の男2人を引き連れた、落ち着いた雰囲気の男が来たんでしょ?」
「ああ、それが何だ」
「お伴を引き連れているのはまだ理解できるのだけど何でそれだけで一般人とは思えなかったのかなー」
「は?聞いてなかったのか?」
「何を?」
「交渉を始めた直後に、徐に懐から銃を取り出して構えていたと証言していたではないか」
「それは聞いていたとも。しかし、裏社会の。例えばマフィアの幹部が赴いたとしても交渉相手に初めから銃を向けたりなんかしないのだよ」
太宰の言葉に国木田はピクッと反応する。