第17章 芽生
中也が帰宅してから3時間ーーー
紬の言い付け通りにキングサイズの寝台に身体を沈める中也と
「未だ帰ってこない」
「……。」
これまた紬の言い付け通りにその寝台に腰掛けて中也をたまに見ながら、たまにからかいながら、そしてたまに時計とにらめっこしている太宰。
「………手前、その台詞何回目か知ってるか?」
「一々数えてるわけ無いでしょ」
いい加減にしろよ、と少し気怠いながらも律儀に反応する中也は太宰を呆れ眼で見た。
「抑も……最近、全然会えなかったんだけど何をそんなに立て込んでいるんだい?」
「未だ『例の薬』の案件が片付いて無ェからな」
「あ、教えてくれるんだ」
「変に手前が誤解して、また喧嘩されちゃ困ンだよ。それに較べたらこの程度の情報、手前に漏らしたところで大した問題じゃ無ェ」
「……。」
溜め息混じりで紡がれた言葉に太宰は一瞬、目を見開いて苦笑した。
「中也のくせにそんな気遣い?」とか「そんなこと中也には関係ない」とか。
普段の嫌味事ならば言い返す言葉は幾らでも存在するけれど、この一件に関して、それらは一切存在しなかった。
つい先日、数多くの協力のお陰で無事に幕が降ろされた兄妹喧嘩。
云うまでもないが、中也が最も貢献していたことを太宰が知らないわけ無かった。
だからと云って素直に礼を述べるわけでは無いのだが。
「それで?」
「関与してるらしい『大学講師』とやらを捕獲した」
中也の方も、何事も無かったかのように続ける太宰に「礼くらい云え」等と苛立つ訳もなく話を続ける。
「!あれ。逃がしたんじゃなかったの?」
「紬の張った網から逃げ切れると思うか?」
「いや、全然」
でも、そんなこと教えて呉れなかったし。
太宰が時計を見ながらぼやいた。
「でも捕まったんならそれで解決じゃない」
何をそんなに手子摺るのか分からないと云わんばかりに視線を時計から中也に戻した。
そう。
身柄さえ押さえれば拷問による情報収集が可能ーーー
「仕方ねえだろ。世間に明るみになる前から事態は動いてンだから」
「……。」
早く会いたいのに未だ帰宅しない妹。
その不満からか。
とても陽の当たる場所に居るとは思えない事実を許容する太宰に、中也は長い息を吐いた。