第16章 暗雲
大学生死亡事件から早くも1ヶ月以上が経った昼下がりーーー
「静かになったね」
『売人が捕まった今、未だ隠しているルートさえ明るみになりかねない。素人と思っていたがその程度は判断できるようだよ』
太宰は探偵社の屋上で電話をしていた。
相手は勿論、愛しの妹だ。
「それなのに忙しいの?」
『それなりにね』
ため息混じりの返事に、太宰は唇を尖らせた。
「全然、会えない」
『本当にね。其方は最近は如何だい?』
「何もないよ。強いて云えば、暫く前から私の周りを彷徨いていた連中の姿が見えなくなったことくらいかな」
『漸く諦めたか』
「紬のお陰?」
『彷徨いていた理由も私のせいだからね』
「そう」
『中也の部下に動いてもらったからね。矢張り優秀だなあ、褒めておこう』
「…………何で中也に頼むかなぁ………」
『私の部下は過激な子達ばかりだけど、その方が善かった?』
「ご免。前言撤回する」
黒い外套を羽織り暴れまわる青年が1人、太宰の頭を過り即答した。
その時、電話の奥から着信音が聴こえた。
『うふふ。解れば…ーーー………一寸、待ってて治』
「うん」
聞き間違いではなかったようだ。
恐らく、仕事用に使っている紬の端末が着信を告げていたのだろう。
しかし……。
太宰は思う。
自分と電話している最中に紬が他の者の電話に出るなんて、と。
嫌な予感しかしないーーー。
『ごめん治。有事だ。掛け直す』
嗚呼、矢張り。
会えない代わりに行った電話すらゆっくりと行えないなんて。
「うん、判った。またね」
『うん、また』
そう思えど口に出すことは出来なかった太宰は、思いとは反対の言葉を紡いで通話を切った。
「仕方ないか、それでもいいと云ったのは私だ……」
再び喧嘩することだけは絶対に避けなければならないのだ。
不満は残っているが、
太宰は長い息とともにそれを吐き捨てて珍しく午後の業務を行うために探偵社の中へと戻っていったのだった。