第10章 激しい雨の中で
【潤】
大雨の中、びしょ濡れになって家に帰ると、
リビングには母さんしかいなかった。
「あら、潤、早かったのね…」
早かったって…この雨だぜ?
早くはないだろう…
時計を見ると、9時を回っていた。
「智は?」
玄関に智のスニーカーがなかったから、鍵を閉めなかったんだけど…この雨で、帰れないのかな?
「智?あ~、翔ちゃんのとこにいったのかしら?
今日翔ちゃん、ひとりだから…」
……ひとり?そんなの知らなかった。
昨日、翔くん、何も言ってなかった。
で…
どうして、智が??
変な胸騒ぎがした俺は、
そのまま玄関に逆戻りした。
「潤~?翔ちゃんちに行くの~?」
母親の声には答えず、傘もささずに飛び出した。
どうせもう濡れてたんだ。
それに……
朝、智と話したことを思い出し、俺の身体は震えた。
『今日遅いの~?』
『うん…多分…泊まるかも、なんで?』
『いや、なんでもない…いってらっしゃい』
『…うん…』
その時の智に、違和感を感じてた。
何がって訳じゃないけど…
なんだか、いつもと違ってた、っていうか…
……今、思い出してみると、智は、
俺の顔を一度も見なかったんだ。
あれは、俺に隠し事をしている時の、
嘘をついているときの、智の癖だ。
鼻が動くことを、俺に見られたくないから…
大雨で、たまたま帰って来たけど…
友達のとこ行くなんて嘘だ。
俺は誰にも内緒でバイトをしていた。
小さな店のバーテンダー。
金が欲しかったんだ。
早く、家から出たくて。
誰にも頼らずに、独り立したくて。
「この雨じゃ、誰も来やしなから。
帰っていいよ」
マスターに言われて、早く帰ってみれば…
こんなことに…
俺に内緒で…
俺のいない隙に…
智は……
あいつ…
翔くんを……
水たまりを踏ん付けて、
俺は隣の翔くんの家に走った。