〖イケメン戦国〗新章 燃ゆる華恋の乱❀百華繚乱伝❀
第27章 《桃源郷物語》序章〜動き出した刹那〜
秀吉に指摘された首筋を触りながら。
光秀は眉をひそめて考えを巡らせた。
正直。
宿に行って、そこから出るまで……
記憶が無いのは確かだ。
こんな、女に噛まれた痕を晒しておく自分ではない。
つまりは、本当に噛まれた事実に
気が付かなかったか、忘れたか……
(綿密に言うと、女を押し倒してから、行為に及んだ記憶が無い)
押し倒すまでは記憶がある。
その前に聞いた、宿の話も。
あの万華鏡を覗く前までは。
────つまり
あの忘却の万華鏡は、本物だ。
「くくっ……」
光秀は愉快そうに、声を殺して笑った。
「俺が謀られるとはな……秘密裏の情事、承りますか。まさかこの俺が一番手になるとは予定外だった」
そして、思った。
身を持って証明した『桃源郷』の底知れぬ恐怖。
それから、儚い希望を。
これから、どんな情事があの宿で刻まれていくのだろう。
(現実では決して叶わない想いや情事を交わす場所……か)
光秀も、また。
決して叶う事のない想い人を思い浮かべ……
少し寂しく笑いながら、広間を後にした。
同時刻、春日山城。
忍、佐助からの書状を受け取った越後の龍、上杉謙信は静かにため息をついた。
「成程、あの宿にはそんな秘密が……な」
左右違う色の瞳が、鋭く光る。
秘密裏の情事を承る。
どんないわく付きのシロモノかと思っていたが…
『あの』明智光秀が謀られたくらいだ。
きっと……
あの宿の歌う事は本当なのだろう。
「……」
謙信は小さくため息をもう一度吐き、宙を見つめた。
泳ぐ目はどこか悲しげで、憂いを帯びた……
冷めた熱情と恋慕を宿した瞳。
「美依……一夜なら、俺の想いもきっと……」
それは叶わぬと思っていた絵空事。
この手に愛しい者を抱きたいなんて。
でも、それが一夜でも現実になるのなら……
謙信は儚げに呟いた一言を残し。
刹那の想いを繋ぐように、越後を発った。