第9章 酒は飲んでも呑まれるな
「ふふっ、皐月くんが2人いる~」
「桜子さん、危ないですから!」
足取りの覚束ない彼女を支えながら歩く。
…彼女は完全に酔っ払っていた。
(マスターの言う通りだったな…)
今日はバイトの後、細やかな飲み会が開かれた。
怪我でしばらく休んでいたアルバイトの可南子さんが復帰し、そのお祝いという名目で。
元々俺は可南子さんの代わりにバイトをさせてもらっていたが、「皐月くんが来てから女性客も増えたし、君さえ良ければ是非このまま働いてほしいんだけど…」とマスターに言われ、継続して働かせてもらう事になった。
仕事自体も好きだったが、これまで通り桜子さんと一緒にいられるのが嬉しい…というのが正直なところだ。
「ご飯美味しかったね~」
「そうですね」
上機嫌な彼女に相槌を打つ。
マスターが連れて行ってくれたお店は料理もお酒も美味しく(未成年の俺は勿論ジュースしか飲んでいないが)、桜子さんは可南子さんに煽られるままお酒を飲み、すっかり酔っ払ってしまったのだ。
そしてマスターから、家の方向が同じ俺に桜子さんを送ってほしいと頼まれた(ちなみにマスターは、やはり同じく酔っ払ってしまった可南子さんを送っていった)。
マスターいわく、桜子さんはあまりお酒に強くないらしい。
今も俺の隣をフラフラと歩いていて、見ているこちらが冷や冷やする。
「ほら桜子さん、着きましたよ」
程なくして彼女のアパートに着いた。
彼女の部屋は階段を上がって2階の角部屋。
けれど今の状態では、とても階段など上れないだろう。
「…ちょっと失礼します」
ひと言断ってから彼女を横抱きにする。
一瞬驚いてはいたが、彼女は酔っ払っているせいか特に文句も言わず俺にしがみ付いてきた。
「……、」
(これはこれでマズイかも…)
彼女の甘い香りが鼻腔を擽る。
俺は何とか平常心を保ちながら階段を上った。
「…桜子さん?」
部屋の前まで来て声を掛けると、彼女はうとうとしていて…
「ちょっ…寝ないで下さいよ?」
「ん~…」
「桜子さんてば」
少し語調を強めてみたが、彼女はすっかり瞼を閉じている。
「ハァ…」
俺は一瞬躊躇ったが、彼女のバッグから鍵を拝借し部屋のドアを開けた。
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