第12章 弦月
久しぶりの和奏とのキスを楽しんでいる余裕は僕にも和奏にもなかった。
ピチャピチャと医務室に響く音が、耳元でやけに大きく聞こえている。
このまま…最後までヤっちゃうんだろうなぁ。
どこか冷静な部分でそんな事を考えていた僕を止めたのは、左頬に走った痛みと涙を流しながら和奏が発した一言だった。
「最低…。」
かつて、和奏から僕に向けて、こんなに冷たい響きの言葉を投げられた事はあっただろうか。
喧嘩だって何度もした。
怒って数日口を聞いてくれない事もあった。
でも、こんなに悲しみに溢れた瞳で見つめられたのは初めてだ。
こんなに拒絶を含んだ態度は初めてだ。
何で…僕が和奏を泣かせているんだろう。
いつだって僕が隣で守って行くって…当たり前のように決意していたのに。
何も言い返す事が出来ず、和奏を残して医務室を飛び出した。
そのまま走り去ろうとして、出入口の壁にもたれかかる人影に足を止められる。
「黒尾…さん。」
気まずそうにガシガシと頭をかいた黒尾さんは、よっと壁から背中を浮かせると、スタスタと歩きだす。
「まぁ…とりあえず、そのままツラかせよ。」
そう言われると、ついて行くしか選択肢がなくなる。
黒尾さんの影を追い掛けて歩きながら、
先程の和奏の言葉を頭の中で繰り返す。
「最低…。」
お願いだから、これ以上、情けない僕の事を見ないで。
頭からこびりついて離れない泣き顔の和奏に、そう呟いた。