第1章 朔
高校入学の少し前、父親の海外赴任が決まり、大袈裟な家族会議の末に母親もついて行く事になった。
そして、烏野高校への入学が決まっていた私は、高校の近くのアパートで一人暮らしをさせてもらう事になったんだ。
「和奏をよろしくね。」
よくよく考えると、両親がそう言って、うちのアパートの合鍵を託したのは、蛍ではなく、蛍のご両親じゃなかっただろうか?
大人に監視されない自由な空間を手に入れた私と、そのおこぼれに預かる蛍。
私達にとって新しい部屋はとにかく居心地がよく、蛍が居付くようになるのも簡単な話だった。
「じゃあ、僕はそろそろ帰るから。戸締まりしなよ。」
あの頃、蛍は夜10時を過ぎないように、必ず私の部屋を後にしていた。
1人の夜は寂しくないと言えば嘘になるが、用事も無いのに蛍から定期的に届くLINEが寂しさを紛らわせた…どころか、恋人同士みたい…なんて、私を舞い上がらせた。
「泊まって…。お願い。」
私の言葉だった。
そういう意味では、私達が恋人同士になるチャンスを潰したのは私だったのかもしれない。