第1章 ~春~ 4月
=1年後=
「これと……これ下さい」
「はいよ!憲兵さんいつもありがとうね」
「ここの紅茶は美味しいですからね!上官も気に入っています」
「嬉しいねぇ。じゃあこれ、新作の紅茶なんだ。少し入れとくから試しに飲んでみてよ」
「ありがとうございます!そんなつもりじゃなかったんですが……」
買い出しの定番となったこの店の店主とは、随分仲良くなったものだ。
客に媚びない。で有名だと聞いていたが、半年も通いつめれば会話にも花が咲く。
街の情報をもらうこともあれば、個人的な話を聞いてもらうこともある。そんな中で、最近多いのは……
「ところで、いい加減良い人は出来ないのか?」
いわゆる結婚適齢期にはまだ少し早いものの、この手の話題を振られる事が多い。ここだけでなく他でも。
「いないんですよね。なんかピンとこなくって」
「勿体ないねぇ美人なのに」
「えー!そんな風に褒めて頂けるなら、また買いに来ますね!」
そう言うと、店主はケラケラと笑った。
洒落た木製のドアを押し出せば、ベルが小気味良い音を鳴らす。
眩しい日差しを感じ見上げれば、雲一つ無い青空。
通りに立ち並ぶ店先には色とりどりの花が飾られ、春の訪れを街全体が喜んでいるようだ。
豊かな色彩を楽しんでいた最中、ふと広場の時計台が目にとまる。
「まずい、時間が……」
今日は上官に客が来る。その為の買い出しなのに、遅れてしまっては元も子もない。
賑わう街並みを歩けば、焼きたてのパンの薫り。
街の喧騒に混ざり聞こえる、陽気な音色。
穏やかな街並みに、自然とエルの口角は上がった。