第49章 buzzっちゃったか
相澤先生は、教室に入ってしばらくしてからエリちゃんの話を始めた。
「緑谷ちゃんに会いたがってる?」
「ああ。厳密には緑谷と通形を気にしている。」
ノートに落としていた目線を上げて、先生の顔を見る。それから、あの時のエリちゃんの姿を思い出す。
ボロボロの服と、あの悲しそうな顔。
目の前で見た訳では無い、遠目で見たあの姿。シャープペンシルを握る手に一瞬だけ大きな力が入った。
「要望を口にしたのは入院生活始まって以来、初めてのことだそうだ。」
初めて、ということは、今まで要望を言えなかったということ。あんなに小さな女の子が、そんな辛いことが当たり前で生きてきたということ。
そんな時に私は、治崎さんのことを見ていた。
敵の、味方をしたことになるかもしれない。加害者の、味方を。
敵の幸せを祈ってしまったら、それは敵のせいで辛い思いをした人の幸せを無碍にしているんじゃないだろうか。
私は、えりちゃんの幸せに、背を向けてしまっていたのだろうか。ナイトアイに、不誠実だったんだろうか。
治崎さんなんて、放っておけばよかったのかな。
でも、放っておくなんて、出来なかった。それは、どうして?
私はあんな格好悪い姿で目立ってしまっていて、全然ダメダメで、それなのに加害者にまで目を向けて、なんて大それた、というか、贅沢な考えを持ってしまっていて、
私は、
私は、
「安藤、どうした。」
「あ、はっ、はい。え?」
先生の声でハッと気が付いた。
先生は私の顔をまじまじと見つめたあと、顔を顰めた。
「鼻。」
「鼻?ん?え?」
「ひよこちゃん、ティッシュあるわよ。」
「え?」
鼻を触ると、ぬるりとした感触があった。
慌てて手を見ると、血が着いていた。
鼻血がでていた。
「あっ!うわっ!」
つゆちゃんから貰ったティッシュを慌てて鼻に押付けて止血を試みた。
「安藤大丈夫か!?」
「だ、大丈夫、れす。ありあとう、おめん」
振り向いて心配してくれる鋭児郎くんに、なんとか笑顔を作る。鼻を押さえながらだから、すごく格好悪い。
貰ったティッシュをちぎって鼻に詰める。
少々かっこ悪いが、鼻血が止まるまでは仕方がない。
その補習の間はずっと鼻栓をしたまま、できるだけ真剣に補習を受けた。時々思い浮かんでしまう色んな思いは、どうにか振り払いながら。
