第44章 何者
「あっ、安藤…!」
「え、鋭児郎くん!?」
声に、心臓がびゅんと飛び上がった。
はっと顔を上げた彼の横顔は、街灯の明かりで照らされている。
夜空の下の彼は、いつものまっすぐで明るい彼とは違っていて、どこか寂し気で、自信なさげで。
「えっと、眠れなくて、ね。…えっと…お隣、いいですか?」
「…あっ、ああ!もちろん。」
彼の隣にチョンと座ってもう一度彼を覗き込むと、彼の瞳は星明りでいっぱいで、私はかけらもうつっていなかった。
不安で、心配で、なんだか胸が、いたくて。
「えっと、」
なにか、声をかけたくて。
私は鋭児郎くんの見ている夜空を見上げた。
「…星、きれいだね。寒くなってきたからかな。」
「あ、そうだな。」
「あ…うん。えと、鋭児郎くんも、ねむれない?」
「…ああ。」
もう一度彼を見ると、目をつむっていた。
「いろいろ、頭がいっぱいでさ。」
「…ん、そっか。私と、おんなじだ。」
「…どうすればいいとかはわかってんだ。でも、心が、どうしても、落ち着かないというか、不安…というか。今こうしてるときにも、なんか…なんかを、しないといけねぇんじゃねぇかって。」
「うん。なんか、ね。えっと、うんと…はがゆい、っていうのかな。すごく」
「なんか、わかんないよな。不安だし。」
なんだかすごく安心、した。
見ていた夜空は、同じものだったのかなって。
「なあ、安藤。」
「うん。」
「あのさ、」
彼の声は、静かだ。
いつもと違う、夜の声。私の知らないその声は、すごく、夜に似合っていると思った。
「俺の髪って、ほんとは黒なんだ。」
鋭児郎くんは夜空の下で初めて、私を瞳に写してくれた。瞳の中の私は揺れていた。彼の必死な顔の中で、ゆらゆら。
「黒。安藤と同じ、黒色なんだ。」
「く、ろ」
「赤じゃないんだ。中学の時は赤じゃなかった。俺すげぇダサくてかっこ悪くて。同級生が敵に声かけられてるとこ見ても、怖くて、動けなかった。」
「……。」
「俺、実は高校デビューマンなんだ。」
夜空の下の彼の髪の色は、黒っぽく見えた。
黒色、なかなか似合う。でも、
「鋭治郎くんって赤色、似合うからね。」
明かり照らされて、鋭児郎くんの髪は色を取り戻す。同じようにして、瞳も色を取り戻した。
私の好きな、赤色だった。