第43章 疾走するケダモノ
穏やかでない声に、身体がピシリと凍りつく。
咄嗟に両手を胸の前に握って、何が起きているか確認しようとあたりをぐるりと見回した。
ヒーローなら今、なにをするんだろうって。
「っちくしょうついてねえ!!せっかくこれから一旗あげようって時に!!」
走ってくる男の人たちと、
それと一緒に近づいてくる大声。
着々と近づいている非日常が、ガンガンうるさい心音で聞こえない。
さあ、私は何をする。
えっと、最初は、えっと___
「一旦バラけるぞ!!」
「おう!!」
「あっ」
「させへん!!」
はっと前を向けば、ファットさんはもう敵を捕まえていて。
「って何や!」
ファットさんのわきをすり抜けた1人は、
「何じゃあこのタコぉ!?」
「酷い言い方を…」
あっという間、という言葉も出てこないうちに先輩が手を“タコ”にして素早く捕まえていた。
もう、捕まえてしまった。
迅速で、適切だ。
冷たいなにかがカツンカツンと転がって、私の胸は順番に冷たくなっていった。
この一連の流れに一切関与できなかった戸惑いと、本当にこんなふうに動けるようになるのかという不安が胸を冷やすんだ。
捕まえるために出したタコに、殴るためのアサリ。それからなんだかカッコイイ羽根。
天喰環先輩。
“個性”「再現」
喰らったものの特徴をその身体に再現できる。
先輩の、そんなふうにキレイでカッコイイ個性の前にただ立ち尽くして、頭だけが目まぐるしく動く。
初めて間近で見て、その魅力や力に圧倒された。
力だけじゃなくて、判断力や使い方にも。
「上手く…できていただろうか…」
「すげーっス!!」
「先輩すごかった……です。」
こんな小心者みたいなこと言ってても、努力のできる天才で、本当にすごい人。
沸き上がる周りを見て、憧れより先に、
焦った。
私はこの時、ちゃんと気を張っていなかった。こんなにも緊迫した状況、なのに。
だから、人混みの中にキラリと不穏が光ったのにも気づかなかった。
「あかん伏せっ!」
BANG!
「先輩っ!?」
だから、先輩に“当たる”まで、気づかなかったんだ。