第42章 ここは社会、私は子ども
Side 切島鋭児郎
共有スペースへ行くと、安藤がひとりで居た。
「安藤?」
「あ…鋭児郎くん。髪の毛……お風呂あがりだ。」
「おう。安藤も?」
「ん。」
ぽやっと眠たげにソファに沈む安藤は、ゆっくり小さく頷いた。隣に座ると、風呂上がりのいい香りが鼻に届く。
濡れた髪から滴る雫が、少し火照る頬につたう。
「まだ寝ないのか?」
「ん…。」
凄く眠たそうなのに、安藤は頑なに首を振った。
「ねたら、あしたになっちゃう…」
「えっ?」
「あしたはもう…ヒーローだから。」
少しだけ赤い頬は少しだけ緩んで、安藤はドキドキする、と小さく呟いた。
まろい、俺の好きな笑顔。
こちらも思わず笑顔になりながら、その言葉について考えた。
ヒーロー、か。
明日からインターンが本格的に始まる。始まってしまったら、もうひとりのヒーローとして扱われてしまうのだ。
嬉しく、同時に恐ろしいように感じた。
「そうだよな、もう。ヒーローなんだよな。」
「そうだよ。レッド、ライオット。」
ふわりと悪戯っぽく零されたその声が耳にこだました。
俺の、名前。
全身が泡立ち、頬が一気にかぁっと熱くなった。
「カッコいいなまえ。」
半分寝てるレベルの安藤はぽやぽや笑っている。これをかつてなくかわいいと思うのは惚れた弱みだろうか。
思わず安藤から目を逸らし、赤くなった顔を隠した。
昼にも聞いたけど、安藤から聞くその名は。
「わたしも…よんで…?」
「おっ、おう…!」
安藤の、ヒーロー名。
安藤の、お父さんの名前。
過去を、両親のことを聞いて、その名前込められた決意や想いを知った。
俺たちの知らない、ヒーローカインドネス。
父親としての、安藤普。
暖かく包み込む、優しいヒーロー。
それが、安藤の憧れで、目指すもの。
「…あまね。」
名を呼ぶ声が、少し掠れた。
呟いたと同時に、肩がとんと重くなった。
口元にうっすらと笑みを浮かべた無防備な寝顔は、昼間よりも弱く、儚く見える。
心臓がドクンと大きく跳ね上がりなにか湧き上がるのを感じたが、必死に無視をした。
「…負けねぇ。」
頭は騒がしい。
安藤を想う気持ち
明日への期待
憧れのヒーローの姿
昼間見た、先輩の赤い顔で。