第42章 ここは社会、私は子ども
Side 天喰環
寮の一室。
いつものキャスター付きの椅子に座り、小説を開いていた。
開いた紙の向こうは、文字の海。茫漠と広がる文字に、いつもなら心地よく沈み込んでひとりで居られるのに。
今日は違う。数行読んでは夜空を見上げ、はぁと息を漏らしてしまう。
『環先輩』
明日からあの二人がインターンシップに加わる。
今でさえファットに会うたびに地面に埋まるほど落ち込み続けているというのに。
彼らと自分を比較してしまった日には…
想像し、俺は思わず身震いした。
もう埋まるなんてもんじゃない。
埋まりすぎてきっと、地球の裏側に爪先から登場してしまう。ちょっとブラジルの“ごめんなさい”でも勉強しておこうか。
もう一度長く重たいため息をついて、それから活字へ向かった。
『先輩みたいに、』
言葉が頭に浮かぶ。
また彼らが、ひとりになることを邪魔している。
頭に浮かぶふたり。
切島くんは明るく前向きで、ミリオと同じ、太陽のような人間だ。俺とは到底違う。(髪も赤いし)
それから安藤さんは。
ファットに“時の人”と呼ばれていた、ちょっと社会で話題となった有名人だ。自分とは別のところに居る人間のような気がする。
そのくせ、俺と似ている、だなんて。
「奇特だ…本当に。」
溢れたため息以外の音に、思わず口元を覆った。
独り言だなんて、なんて気味の悪いことを俺は。
自虐し落ち込んだところで、本をパタンと閉じた。
活字の海をひとり気持ちよく泳ぐのは、今日は不可能のようだ。
俺はムッとしながらしぶしぶ布団へ潜り込む。
ベッドに横たわり、そこにあった小説を開き一文を読んだりして、俺はゆっくり目を瞑った。
[大人とは、裏切られた青年の姿である。]
その一文には、こうあった。
その文を、その物語を書いた作家はあまりに有名な文豪だ。
でも、ほんの時々。その作家と自分とは、何処か似ているんじゃないかと思うこともあった。