第42章 ここは社会、私は子ども
「あの時のことはあまり聞きたくないやろうけどな…その事考えるとインターン、勧めることはできん。」
ファットガムさんは、目をそらすことなく私に告げた。
「絶対に大丈夫という保証は出来んからや。若しかしたらまた、捕まってしまうかもしれん。」
ファットガムさんの言葉で、あの時の記憶がまざまざと思い浮かんでくる。
のばされた腕
切ってしまった髪
私を撫でた指
私を睨んだ赤い瞳
そのひとつでも思い出して仕舞えば、背骨が芯から冷えて震えてしまう。
恐ろしくて、
悔しくて、
悲しくて、
やりきれない。
胸の前で組んだ指に力を込めた。
指が、ちょっとまだ赤かった。
「とても、怖かった。…それと同じくらい、何もできなかった自分に、やりきれない気持ちでいっぱいになるんです。悲しくて悲しくて、やりきれない。だから、」
今まで言葉にしなかった想いが、初めて溢れて。
自分の想いを初めて知った気がした。
私、やりきれなかったんだ。
“悲しかった”んだ、って。
「…だから強く…優しくなりたいんです。」
だから、の先を少しだけ考えた。
「父のように、なりたい。」
前を向くと、ファットガムさんの強い瞳があって。それにはたじろぐことなく、向き合うことが出来た。
「カインドネスさんか…。そうか。」
「…そうです。…あれ?お父さんのこと…」
「ああ、よう知っとるで。」
ファットガムさんの瞳は一度瞬きすると、笑ったような軽く優しいものになった。
「そこまで聞いてまったらたら、引き受けんわけにはいかんな!」
「えっ…えと、引き受け…“ん”?」
「引き受けるっちゅうことや!」
「ほっ、ほんとですか!」
「ここで嘘ついてどないすんねん。」
ファットガムさんがカラッと笑うと、切島くんは後ろから大きな声をあげてくれた。
「やったな安藤!」
「う、ん!!やった…!やった!」
ぴょこぴょこ喜ぶふたりを、ファットガムさんは微笑ましげに見た。先輩は、目をそらしていた。