第39章 ベイビー、グッドモーニング
Side ???
いつものパンが売り切れていた。
食堂は人が多すぎて居心地が良くないから、いつも俺は購買へ行く。
いつもの定番はチキンカレーパンとクリームパン。
午後の予定も鑑みて、今日はその定番ふたつを買いたかったのに。そのふたつの棚だけ空っぽで、ほかのパンは整然と並んでいた。
少し落ち込んでから、適当に手元のパンをふたつ買った。どうということはないのだけれど、定番のパンはルーティンに近いのだ。
コロッケパンとメロンパンを片手に持って、とろとろと廊下を歩いていると、聞きなれない、とたとたという急いだ足音が前から聞こえてきた。
小柄で黒い髪のそれは、寝癖を揺らして走っている。
彼女は俺の予想を反し、そのまままっすぐ突き進んで、
「えっ、」
「あっわっ!わぁっ」
まるで小説のように、激突した。
彼女はペタンと尻もちをつき、俺もゆらゆらとバランスを崩す。
「あでで……はっ、ごっごごご…ごめんなさい!」
尻もちのポーズのまま彼女はこちらを見上げ、冷や汗を流している。
眉をへの字に曲げて、顔面蒼白だ。
パッチリとした目の童顔で、小動物のような可愛らしい顔つきだが、一番目を引くのは右眼の眼帯だ。印象のほとんどをそれに吸い取られてしまう。
「お怪我は…」
「いや…別に。」
「ほ、本当にごめんなさい!」
彼女は立ち上がって何度も頭を下げ、今にも泣きそうな顔をする。
その顔には少し、見覚えがあった。
「何処で…」
「へ?べ、べべ、弁償ですか…?」
「いやそうじゃなくて、」
大きなひとつの瞳は涙を含んで瞬きをする。
その瞬きはキラキラと星のようで。世界を揺るがすほどの瞬きに、ハッと思い出す。
「そうかテレビで、」
「えっ!て、ててて、テレビを弁償!?」
「いやだから、」
勘違いした彼女は、私のお昼ご飯で許してくださいと、と震えながらふたつのパンを差し出した。
「あ、や、これは」
「すみません!テレビはっ…テレビはご勘弁を!」
そう言って彼女は俺の横を駆け抜ける。
思い出した、彼女は。
“渦中”の人間だ。
関わったら面倒なやつだ。
もう二度と、関わりたくない。
そう願い、手の中のチキンカレーパンとクリームパンを見つめた。
そう願った……はずだった。