第38章 眇の恋心
「オーイ、後ろ詰まってんだけど。」
そんな押し問答のあと、また声が響く。
変な言い合い(ほぼ一方的)は、けっこう他のクラスに迷惑かけてたみたいだ。
申し訳なくて思わず振り返ると、今度もまた、よく知る顔が現れる。
「かっこ悪ィところ見せてくれるなよ。」
「あっ!人使くん!」
「お……安藤。」
嬉しくなってパタパタと駆け寄ると、人使くんは苦いような顔をする。そんな顔が少しだけ不安で、首を傾げると今度はデコピンをされた。
「いだ…」
「今は詰まってるからまた後でな。」
「…うん!そだね!」
彼はそう言うと、クールに去っていった。
そんな背中に、私は大きく手を振った。
人使くん、逞しくなっていた気がする。
だってデコピン、痛かったから。
『来年は一緒に行こうね』
その逞しい背を見て、その約束を思い出す。
そして、頬が緩む。
一歩ずつ、足が軽くなっていく。
飛び跳ねるようになって、終いにはスキップになった。
スキップにはいずれ、鼻歌がついた。
こんなに単純なことだけで、私は嬉しくなってしまう。
嬉しいのはそれくらい、簡単なことだ。
でも悩みというのは、そう簡単ではなくて。
「あ゛…」
ふとした事ですぐにそれは蘇り、私のスキップはぴたっと止まる。
池の黒い泥が巻き上がるように。蝶々がクモの巣に引っかかって一気に捕まってしまうように。
明るかった心がまた、黒くじわじわと絡め取られていく。
目の前にひょろっと背の高い金髪見えたからだ。
件のことの、中心。
私がはじめに謝らないといけない人。
私は神妙に彼を見つめ、それからひとつ決意をして、足を動かした。