第36章 ステレオ
Side 切島鋭児郎
「遅くなっちゃったかな」
「いや、まだ大じょ……」
いつもの声に振り返って、
俺ははっと息をのんだ。
周りの奴らも多分、同じに息をのんでいるはずだ。
だって、安藤のその瞳が、
しっかりふたつ、見えているのだから。
「あ、安藤…が、眼帯は……?」
なぜだか胸がじわじわと熱くなっていく。
「あ、えっと…発目さんに頼んでね……い、イメチェンしてみました!」
見慣れぬ右目は不安そうにゆらゆらと揺蕩う。
それと一緒に安藤は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「もしかして、変……?」
大きな両の瞳は、みんなの顔を覗き込んでいる。
「へん、な……わけないやん!びっくりしたよー!」
麗日はいつものように明るく声を上げ、不安げな安藤の手を取った。
「なんだかうれしい!なんでかわかんないけど、私うれしい!」
手を取ったまま、麗日はぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「安藤君!よく似合っている!ばっちりだ!」
「初めてちゃんと顔見た気ぃするな。」
「かわいい顔がよく見えるよー!」
「ひよこちゃん、僕もなんだかうれしいよ!」
麗日に続いてみんな、その感情をおのおのの言葉にしていく。
その両目は、嬉しそうに細くなって、いつもの笑顔を作った。
星のように澄んだいつもの左目
それから
ずっと安藤を苦しめていた右目
そのくせその瞳は、コンタクトレンズのせいで少しだけ色が付き、美しく輝いている。
複雑で、難しい感情が芽生えて
それでも畢竟、こうとしか思えなくて
「俺も、なんだかうれしいよ!」
その言葉に反応してまた目を細める安藤は、
かわいらしかった。