第33章 A world beginning with you
「花瓶?」
「あ、えと…うん。大切な…ものなの。」
ちょっとだけ吃りながら、ちまちまと言葉を返す。
轟くんの手の中の、私の花瓶。
白のマーガレットがちょんちょんとプリントされた、透明なかわいい花瓶。
「お母さんがね、ずっと大切にしてたものでね。」
「安藤の、母さんの…か……。」
「うん。お母さんね、毎日毎日、これにお花をいけてたの。」
そっとその花瓶に触れて、目を閉じる。
まぶたの裏にはあのあったかい景色。
『ひよこ。今日のお花はね、』
柔らかい色のポピーに
真っ白なマーガレット、
いい匂いのすずらんも、あったな。
「いっつもいい匂いがしててね、お花可愛くってね、優しくてね、」
頬が自然に緩んでいって、
「大好きだったんだぁ…。」
勝手にそう溢れた。
「安藤は?」
「私?」
突然私に向けられる言葉に、驚いて目をぱちくりとする。
「花、いけてたんだろ?」
「うん。ちゃんといっつもね!…でも、いまは、いけれて、ないな。」
ちょっとだけ、自慢げに話してそれから、ちょっぴり下を向いた。
雄英にはいってから、なにかとつけて忙しくて、あのいつもの花屋さんにもあんまり行けれてないし、商店街のみんなともご無沙汰している。
今日も、会いに行けれなかった。
『ひーよちゃん!』
『おかえり、ひよちゃん!』
「いろんなことが、変わってくんだなぁって思うよ。ちょっと、おセンチんなっちゃうな。」
「おセンチ…。安藤は、変わるの怖いか?」
「…うん。急に違う世界になっちゃうみたいな感じ…やっぱりちょっと怖いかも……」
「安藤ー!これー!」
「えっ!なぁにー!」
しゃがんでいた脚を伸ばしてその声に振り返る。
なんだか逃げるような感じになっちゃったかな。
少しだけ気になって振り返ると、大事そうに花瓶を抱えて考え込む轟くんが見えた。