第32章 夢を諦める方法
『ごめんね、忙しかったかな。』
「いえ、全然!オールマイトこそ、」
響いてくる低い声をちゃんと受け止めるため、僕は立ち止まってケータイを耳に押し付けた。
『私の方は大丈夫。気になっていたのは安藤少女のことで、』
「あっ!ひよこちゃんならさっき」
『目を覚ましたか!』
「はい!」
『よかった!そうか…よかった!』
師の喜んでいる声を、久しぶりに真っ直ぐ聞いた気がして、僕は嬉しくなった。
「本当…よかったです。」
『…緑谷少年?少し、元気がないようだが…』
「あ、や…その…。」
ちょっとした声の違いを指摘されてしまった僕は、少しだけ言葉に詰まって。
『話してみなさい。』
「っ…」
その優しい声に、まんまと僕は心のモヤをこぼしてしまった。
「僕、ひよこちゃんに、なんもしてあげられないなって。いつも、ひよこちゃんの一番そばにいて、あの子の涙を止めてやろうって、悲しいときは、ちゃんとそばにいようって…思ってたのに。なのに僕は、一番大切なときに助けてあげれなかったし、しまいには泣かせちゃいそうになって…。」
『……』
「一番そばにいたのは…僕だった…のに。」
悲しい気持ちと同時に溢れるのは、ちょっぴり黒くて誰にも見せられない気持ちだった。
一番そばにいたのは僕だ、なんて子供みたいに依怙地な気持ちが心の中で居座っている。
そんな自分のカッコ悪い気持ちに気がついて、僕はもう一度口を噤んだ。
そんな沈黙に気がついたように、オールマイトの声が響く。
『緑谷少年はどうして、安藤少女のことをそんなに大切に思うんだい?』
「へ?」
『それを伝えればいいんじゃないのかな。』
どうして、大切なのか。
…そんなこと、考えたこともなかった。
『考えたこと、なかったんだろう?』
「はっ…はい。」
図星をつかれてドキリと心臓が飛び上がる。
当たり前すぎて、それで。
『少しだけ、考えてみるのもいいのかもね。』
「…なんて、言えば…」
『大切って気持ちが本当なら、他は結構適当でいいよ。大丈夫。きっと伝わるよ。』
師の優しい声に、僕は大きく頷く。
電話を切って、ケータイを握って、
伝えなきゃ。
近すぎて、気づかなかったこと。
大切だって、こと。