第32章 夢を諦める方法
ぱちり、ぱちり
大きな瞳を2回ほど瞬かせて、ひよこちゃんはこちらを見ていた。驚いたような、困ったような、そんな顔で。
心配になってひよこちゃんの瞳を覗き込む。
しだいにそれは潤んでいって、雫がひとつ、落ちそうになっている。
泣かないでって、言おうとした時。
「ひよこっ!!」
バーンッ
と大きな音を立てて扉が開いた。
ひよこちゃんの目の潤みが引っ込んで、僕も驚いて振り向く。
髪を振り乱して息を切らし、真っ赤な顔をしたはなさんが、扉の前で立っていた。
「おば…さん…」
ひよこちゃんは呆然としたままそうこぼし、それから僕を眉をしかめて見る。
そんなひよこちゃんを、次の瞬間はなさんは、全部まとめて包み込んだ。
大事な“娘”を。
両手いっぱい、力いっぱいに。
それから、はなさんの口からは滝のように言葉が流れ出る。
「ひよこっ!!心配した、心配してたの!!ひよこ…帰ってきたのね!!嬉しい…!!会いたかった、会いたかったの!!」
ひよこぉと何度も何度も名前を呼んで、はなさんは子供のように大きな声で、泣いた。
大人の涙を、お母さん以外で初めて見た気がした。
「おばさん…」
「ごめん…ごめんね…!!」
「なんで、」
ひよこちゃんは、腕の中で呆然としながら、それでもはなさんの服をぎゅっとにぎって。
「はっ…恥ずかしいところ、見られちゃったな…。ごめんね、出久くん。」
「あっ、いえ、こちらこそお邪魔して…」
「んーん!」
腕を解いて、はなさんは腫れた目でにぃっと笑顔を作る。
その笑顔は、僕の憧れのソレと同じで。
「ぼっ、僕もう行きますね!明日また、来ます。」
「まだ居てもいいのに…」
「いえ…。じゃあまた!」
逃げるように病室を出る。
僕も、あーやって喜べばよかった。
素直に、あぁやって、気持ちを表して。
何故だか止まらない後悔に落ち込んでいると、手の中のケータイがぶるぶると振動する。
びくっと肩を震わせて、それから画面を見ると、中にはあのヒーローの名前。
慌てて受話器のマークを押すと、そこからは低く、落ち着いた声が聴こえた。
『緑谷少年』
「お、オールマイト…!」