第32章 夢を諦める方法
「それから、君の個性の話だけどね。」
個性。
その言葉に、私は綺麗な世界に目を閉じて、それから先生の方をむく。
深刻な顔。
これから辛いことを言うよって、そういう顔。
「君の中には、個性が3つ入ってる。」
私は、頷くのが嫌で、代わりに瞬きをした。
先生の鼻の頭を眺め大丈夫なフリをしていると、自分の口がきゅっと結ばれているのに気がついた。
「ひとつは元から君の中にあったもの。もうふたつのは、敵からのもの。」
一文字に結ばれていた口は、はっと少しだけ緩んで、それからまた閉じる。
力の入らないはずの指が少しずつ丸まっていく。
「血を操って結晶化させるものと、人の動きが少しだけ遅く見える…ってやつ。」
ピントはどこにもあっていなくって、ぼやぼやとしている。
ピントのズレた世界でも、看護師さんの小さな揺れや、出久くんの震えも、なんだかすぐに目に入ってきて。
「…多分敵は……。」
そこまで言って、先生は口を噤む。
先生が口を噤んで、私も下を向いた。
「…個性を取り出すことは……できない。…ごめんね…。」
ごめんね
の言葉がどうしてだか胸に突き刺さる。
それでも何を謝られているのか分からなくって、私は取り敢えず首を横に振る。
「…今日は、安静にしててください。」
先生はそう捨て台詞を吐いて部屋を出ていった。
残されたのは私と出久くん。
「ひよこ…ちゃん…。……おばさん、呼んでくるね。心配…してたから。」
私は、下を向いたまんままた首を横に振る。
「呼ば…ないで…。」
いつもなら出てくるはずの涙は、出てこなくって。
私は膝を手繰り寄せる。
ぎゅうと膝を抱きしめて、出久くんに懇願する。
「おねがい……呼ばないで…。」
そんな私に、出久くんは声を震わせて告げる。
「……分かった。」
病院に、鼻をすする音が響く。
その音を出すのは出久くん。
なんで泣いてるの?
さっき呟いたあの言葉の答えは、
きっと出久くんにも分かってない。
「でも、分かってて欲しい。…おばさんが、優くんが、みんなが、僕が。どれだけひよこちゃんのこと、心配してたか。」
「…うん。」
分かった
と思う。
その意味は、ちゃんと。
でも理由は、分からない。