第31章 A world without you
Side 緑谷出久
「下がってください!」
警察の方々にそう促されるも、僕らの足は震えて動かなかった。
動かない足を放ったらかしにして、目だけは濛濛と立つ砂煙を追って離れない。
あの中に彼女がいるのなら、彼女は巻き込まれてしまっているのだろうか。
そんなふうに彼女の身を案じていると、不意にその砂煙の中に赤い一線が見えた。
紅くピンと張ったその一線は、何度も現れる。
ギラギラと不気味に。
そして、煙が晴れた時、僕はその正体を認識した。
その紅い一線は、あの子が繰り出したものだった。
みんなもそれを認識したみたいで。
たぶん、困惑してる。
「…は?」
「なに、してんだ?」
「どういうことだ…?」
彼女の手には、大きな剣があって。
それは明確に狙いを定めて何度も振り上げられている。
何度も。
何度も。
何度も。
彼女は剣を振り回す。
彼女の持っているそれは、少しずつ大きく、形状を変化させていた。
そんな超常的変化に、飯田くんは小さくこぼす。
「…こ、せい…?」
そんな小さな一言に、僕の脳はぐるぐると回転を始めた。
主に、最悪の方向に。
なんでだ。
個性は“敵化”だったはずだろ?
なんだよその剣。
2つ持ってたなんて、そんなわけない。
それだったら秘密にせずにその個性を使っているはずだ。
前までは、持っていなかった…?
じゃあ、なんで……
『無理矢理奪われることは無い。無理矢理“渡す”ことは出来るがね。』
無理矢理…渡す……?
刹那、全身の血液が凍るような悪寒に襲われる。
脳無と…同じだ。
と。
「うっ…」
「ちょっ、緑谷!?」
腹の奥から酸がせり上がってくるのを感じて、僕は咄嗟に口に手を当てた。
同時に涙も滲み、顔に力が入る。
緊張してなにも食べなかった僕に、今は感謝した。
「うぁ゛ぁあぁあああああああああ!!!」
時折聞こえるその声は、僕の耳と心を劈いて、
僕は吐き気を必死で押さえつけた。