第30章 春と嘯いて
Side villain
________
___…
「彼女の個性は、我々が思っていたものとまた少し違うようですね。」
「あぁ。」
薄暗い部屋。
こちらもまた、暑く、ほこりっぽい。
そんな陰鬱な部屋の中、ふたりの男はバーカウンター越しに言葉を交わした。
「ただ単純に理性を破壊し狂暴化させるものだとおもってた。……想像以上だったな。」
「ええ。」
「個性、身体能力を身体の限界を越え強化する。それから……」
「だから彼は……」
黒霧がバーカウンターの内側で後ろを振り返れば、壊れた玩具のように男が転がっている。
腕には縛られていた痕が残っている。抵抗もしたのだろう、擦れたようなあとも残っている。しかし今は物言わぬ人形のようで、濁った瞳は何も映さず、口は半開きでヨダレが垂れている。
文字通り、彼は“壊れてしまった”のだ。
「闇に耐えきれなかった人間は、こうやって壊れてしまう。思っていたよりずっと危険で扱い難い個性ですね。」
「あぁ…めんどくさい。」
そう言って今度は、死柄木が振り返る。
個性を使ってしまったという精神的、肉体的ダメージで、彼女はばったりと倒れてしまっていた。
丁寧に、上にはタオルがかけられている。
トガや荼毘、ステインの思想に影響された者達だろう。
彼らは何故か彼女を大切に思い、彼女のことを丁寧に扱うのだ。まるで、先輩風を吹かすように。
死柄木は、それを目にするたびに体のどこかが灼けるような苛立ちを感じていた。
安藤が自分の手元に無いことに。アイツらが自分のもののような顔をしていることに。
アイツは俺のモノなのに、と。
「これからどうしますか?」
「…。計画はまだ破綻した訳じゃない。」
死柄木は椅子から立ち上がり、安藤のもとへ歩く。
くたりと寝ている彼女を見下ろすと、死柄木はニヤリと頬を歪めた。
「そうだ…。ああすればいい。」
「…死柄木弔、一体何を?」
死柄木はしゃがみこみ、安藤の頬に手を這わす。
「“先生”に、連絡だ。」
「死柄木…まさか」
「あぁ。そうだよ。」
安藤の頬に触れる手の温度とは裏腹に、言葉は信じられないほど冷たかった。