第30章 春と嘯いて
Side 切島鋭児郎
緑谷が扉を開ければ、夏特有のむわっとした熱気に襲われる。
「おじゃまします!!」
緑谷の後を追って入った安藤の家は、暑く、薄暗く、少し埃っぽかった。
カーテンの隙間から漏れる光が埃に反射し、キラキラと光る。
光はそれだけだった。
この家がこんなに陰鬱な雰囲気なのは、きっと締め切られたカーテンのせいだけではないだろう。
いつもこんな雰囲気なのか、と問えばきっと答えはNoだろう。
この陰気な雰囲気を引き込んだのも全て___
そこまで考えて俺はぐっと手を握りしめた。
「切島くん、こっち。」
緑谷に促され階段をとんとんと登る。
胸は酷く大きく脈打って、さっき握った手のひらは、少しだけ震えた。
ふっと見上げた緑谷の手も、震えていて。
それは重い荷物のせいなのか、俺と同じ理由なのか、それとも___
「優くん!もうひとり、作戦に参加したいって人連れてきた!」
緑谷はバタンと扉を開くと、俺の知らない名前を言った。
あつし?
誰だ?
そんな疑問を浮かべながら、俺はその部屋に足を踏み入れた。
なぜだかそこは少しだけ、涼しく感じた。
「切島って言いますっ!!よろし……ってあれ!?爆豪!!」
「んだよクソ髪じゃねぇか。」
気合を入れて挨拶すれば、よく知った顔。
つんつん頭につり上がった目の、いつもの爆豪だ。
そんな邂逅に目を丸くしていると、その隣から温度のない声が耳に流れ込んできた。
「…声でかいな……。」
「わっわりぃ!!…えっと…きみは」
その声にまたも驚きそちらに目を向ければ、そこには椅子に立膝で座った少年がいた。
大きな猫目が特徴的な、生じろい少年。鼻口も整って、充分美少年で通るその少年は気だるげに椅子を回す。
その猫目は、冷たく銀色に光りながら静かにこちらを見る。
選別するように、こちらを見ている。
…居心地の、よいものではない。
「…あぁ、あの硬化の暑苦しい…」
そんな失礼な言うと、彼はまたくるりと振り向きパソコンに向かい合う。
「桜木優。」
彼はパソコンに向かい合ったまま、独り言かどうかもわからない適当な言葉をこぼす。
そんな自己紹介をする不躾な少年に、俺の震えはどこかへ飛んでいった。