第27章 once upon a time
「ただいま」
普さんが扉を開けてそれを唱えれば、ひなたさんの優しい声ととてとてという可愛らしい足音が扉の向こうから流れ出てくる。
「あ、おかえりなさい!ひよこー!お父さん帰ってきたぞぉー!」
「おとーさーん!!」
とてとてという足音は、そのまま普さんの体にダイブする。お揃いの猫っ毛が揺れて、ふたりは一緒にくひひと笑う。
そしてやっと、その大きなクリクリの目が扉の外側の俺を捉えた。
「あー、あいざわさん!きょうカレーなの!」
「あら、いらっしゃい相澤くん!今日のは美味く出来たとおもうの!あがってあがって!」
「…はい。」
よく似た親子の、よく似た朗らかな笑みを向けられて、そして俺もその柔らかな輪の中に迷い込む。
最近それが、いつものことになったのだ。
一歩踏み込めば、カレーの良い香り。
炬燵みたいに暖かくて、きっともう抜け出せなくて。
その灯りにたじろいでも、この3人がいつだって手を引いてくれる。
俺の袖をくいと引っ張るひよこちゃんはナイショ話のポーズをとった。
それに応じて耳を近づければ、「あいざわさんにひよこのにんじんさんあげる。かれーの。」と幼い声が響いてくる。
ここは心を鬼に。
一言「相澤さん、にんじんいらない。」と。
なんでぇ!!と怒るひよこちゃんだったが、袖を握りしめた指は、絶対に解けることは無かった。
「ご飯だから早く手洗ってきてー!」
「はーい!」
「はい」
ひなたさんの声に子供のように返事をした普さんと俺は洗面所へと向かう。
時間を、日々を。
タッパーに入れて冷凍保存できたなら。
こんなにも恐れることはないのに。
そんな何処かで読んだフレーズが頭に浮かんで、それはすぐに石鹸の匂いに消えていった。