第26章 ヒーローの顔を見る。
ひよこの髪が、ハラハラと地に落ちていく。
ひよこの全てが散っていく。
爆豪はそんな気になって拘束されていた椅子から、ほとんど弾かれるように立ち上がった。
一線でひよこの髪を散らせたナイフは、今度はひよこの右眼へと矛先を変える。
「おい……どういうつもりだ。」
死柄木は、多少焦った様子でひよこに問い立てる。
こんなにも決意のこもった顔を、見たことがなかったからだ。
「……彼を、爆豪勝己くんを、帰してください。」
しんと静まり返った部屋の中に、ひよこの声が響く。
その声は、いつものひよこのものとは違う、凛としたまっすぐな声。それは空間を震わせて各々の耳に入っていく。
その中でも爆豪は、鼓膜を思いっきり鈍器で殴られたような気で、口も頭も回らなくなっていた。
「彼をここに置くのならば、私はずっとずっと抵抗する。この右目だって潰してやる。」
敵は皆ざわついた。
眼帯の奥に光るものの価値を知らない爆豪だけが、世界に取り残されたような気になった。
なぜ、近くにいた俺が、一番知らないのかと。
「彼を帰してくれれば、私はどうなってもいい。何だって、言うことを聞きます。話だってちゃんと聞きます!だから、彼だけは!!」
ひよこは言葉を続け、それは全て爆豪の鼓膜への凶器になり得た。
「…ば、か……かよ…。」
辛うじて絞り出した爆豪の声に、ひよこはピクリと体を震わせた。
短くなった髪の向こうに見える細く白いうなじは、緊張のせいか紅潮している。
「私は…平気。きっと…ううん。絶対大丈夫だよ。」
そう言ってくるりと爆豪を向いたひよこは目を細め、優しく、にぃっと笑って見せた。
顔の周りを短くなった髪が踊って、ふわりと舞い上がる。
その顔は、その髪はひよこの母親、“ひなた”そっくりで、爆豪はまた考える余裕を失った。
散切りの髪を翻し、ひよこはもう一度、死柄木達に向かい合う。
「私の願いは、それだけです。」