第26章 ヒーローの顔を見る。
Side 爆豪勝己
「おいっ!…おい!」
「…ぅ……んん…」
目の前で横たわるひよこに必死に声をかけた。
だめだ。全然起きない。
夜になってあのクソどもが居なくなり、部屋には拘束された俺と、ひよこだけだった。
窓も何も無い薄暗い部屋の中で、ひよこはぐったりと眠っている。
ひよこの寝顔を見るのは小学生以来。
でもひよこは童顔だから、その寝顔は全く変わっていない。
『今日はひよこ、うちに泊まるのよ。』
ばばあが連れてきたひよこは、おどおどと震えて、手をぎゅっと腹の前で組んで、多分心は落ち着いてなかったと思う。
いつもなら絶対に嫌だと聞かないけどひよこの境遇や、そうするしかなかった事情を知っていたから、黙っていた。
同じ部屋に収容された俺とひよこは、隣同士で眠った。
『かつきくん。……どうやったらおかあさん、げんきになるとおもう?』
ポツリとこぼれたその問いに、俺は寝た振りをして答えなかった。
月明かりが溶け込んだ空気にその淋しい声は溶けて消えていった。
ひよこの母さんが入院してて、もう長くないということ。
俺は何となく察していて、あの時は俺しか知らないと思い込んでいた。
今では、あの時ひよこも分かっていたんだということ、わかる。
あの日、俺が起きた時、ひよこはもういなかった。
あの時、不安で孤独で後悔が募って、胸がネジ切れるほどで。
あんな気持ちは、もう嫌だった。
**
「勝己、くん。」
その声は、あの時の声とよく似ていて、頭につっと汗が垂れた。
「なんだよ。」
「私ね、君のために出来ることなら何だってしたいって、思う。」
不気味なほど優しいその声に、冷や汗が止まらない。
ポケットに収まったままの右手に目がいって、そこから嫌な予感が吹き出していく。
「おい、“ひよこ”っ!」
「これが、私の覚悟……!」
ひよこはポケットから“折りたたみ式のナイフ”を取り出し、一気に自分の髪を切った。
「は……?」
中学の時よりずっとずっと伸びたその髪を。
サラサラと美しく踊っていたその髪を。
俺に背を向けたひよこの顔は、もう見えなかった。