第25章 VANISHING POINT、
雑に結んだ黒い髪に、泥のついた白い肌。
大きく透き通った漆黒の瞳に、それを縁どる長いまつげ。唇は桜色で、鼻の形は普さんそっくり。
初めて安藤の顔の造形を認識したような、変な気分だった。
安藤の周りに蔓延っていた重苦しい雰囲気は、不自然な程に消え失せていた。
その顔に悩みは一切見えず、すべての悩みや苦しみを放り投げたような、全てを失ったように、全くの素の顔だ。
不気味な程に。
心が、ないようにも見えた。
「せんせい、あのね、私、話さないといけないことが…。」
安藤はなにもない普通の顔のまま声を出した。
その声にも表情が無かった。
すぅっと息を吸い、安藤は言葉を続けようとする。
「あ、安藤…!?安藤!!無事だったのか!?」
「え、まじ!?」
「安藤くん大丈夫か!!」
飛び出してきた生徒らの声で、安藤の少し開いた口はまたぎゅっと結ばれた。
「よかった!安藤ー!心配したんだからー!」
喜んで飛びつく芦戸に、安藤は眉をしかめ、少し切ない顔をして、それから笑顔をぺたりと貼り付けた。
「あ、ありがとう。……ごめん。」
貼り付けた笑顔のまま、安藤は感謝と謝罪を述べる。
それは、きっと心配してくれて、ありがとうだろう。
そのごめんの理由はきっと、首のソレが理由なんだろう。
駆け寄った奴らはその首の痕に気づき、たじろぐ。
「え…なにそれ…。」
「それ…かなりやべぇやつじゃね…?」
「なんだよその痕……。」
そんな驚きの声をよそに、安藤は俺に駆け寄った。
下を向いて、手をぎゅっと握りしめて。
「安藤、その痕はどうした。」
「これは……敵にやられて…でも、そんなこと、今はどうだっていいんです。」
どうだっていいというその顔は、真剣で、その気迫に少したじろいだ。
「どうだっていいわけないだろ!」
「安藤…ちょっと変だよ?」
切島や芦戸は俺のもとへ駆けた安藤を追って、不思議そうな顔で、不安そうな顔でよってくる。
安藤の行動が少し、いやかなりおかしい。
最悪の状況を予測しながら、俺は口を開く。
「…なんだ。お前の伝えたいことっていうのは。」
「先生に、謝らないといけないんです。」
「謝る?」
「ごめんなさい。私……守られることも出来なかったから。」