第22章 must to be
瞼をあげると、そこはバスの中だった。なんだか、怖い夢を見た。そんな気がして、ぱちぱちと瞬きする。
『全部ひよこのせいじゃないか。』
その単語だけが頭に残って、私はそれを飲み込んだ。苦い薬を飲む時みたいに、味がわからないように、ごくんと。
薬にもならないか。それはきっと、この世でいちばん辛くて苦くて酸っぱくて不味い、毒だ。
まだバスは動いているらしく、みんなはザワザワと楽しそうだ。それに何故か、安心する。
しばらくして、私は誰かにもたれ掛かっているということに気がついた。結構、体ごと、がっつり。
がばっと体を起こし、そちらに顔を向ける。
なんだか微妙な顔をしている鋭児郎くんを発見。
私はぽかんと彼を見つめ、それから全力で謝った。
「ごっ、ごごご、ごめんなさい!」
「や、別にいい!けどよ……」
「な、なに!?よ、ヨダレとか!?」
自分の口をごしごしと手で拭き、ヨダレが垂れていたのかを確かめる。
うん、ヨダレはないみたいだ。ヨダレ垂れてたら切腹しようかなと思ってた。切腹無しだ。
でも、ヨダレとは別に、手に何か水のような物が触れた気がして、じっとその手を見つめた。
「いや、ヨダレとかは全然。重くもなかったから安心しろ。でもさ、安藤大丈夫か?……泣いてたぜ?」
「えっ!?」
「あと、行かないで…とかなんとか、寝言…。」
「……。」
まずい…と顔が一気に青ざめる。
なんで青ざめたのか、自分でもわからない。
でも、ただダメだダメだ、知られたらダメだと警鐘が鳴る。
「きっ、気にしないで、そ、そんな変な夢だからっ!」
「で、でもよお…」
「きっ!きにしたら、ダメなやつ!」
「でも、あんど」
鋭児郎くんの言葉の途中、バスはピタリと止まった。
休憩所も何も無い、タダのパーキングスペースだ。本当に建物は何も無い。一面の山だった。
「さっさと降りろよ」
先生に促され、みんなはザワザワゾロゾロと降りていく。
「ほら、早く降りようよ。」
「いやでも」
「気にしないでよ…。お、男ならさ…。」
「そう、か。」
適当な男発言でなんとか窮地を脱した私は、するりとバスから降りた。
『全部、ひよこのせいじゃないか』
飲み込んだはずのソレが体の中で暴れ回っているのを感じ、私は山の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。