第22章 must to be
「じゃ、じゃあ私はこの辺でお暇させていただきます!」
「ひよこ帰るのー?」
「はい!すっごくご迷惑おかけして…!」
「はよ帰れや!!」
「はい!」
なんとか飲みきったグラスを机に置き、私は急ぎ足で玄関へ向かった。
まだ暖かいタッパーに少しほっとしながら急いでサンダルを履いた。
「その、いろいろと、ごめんなさい。」
後ろについて来てくれていた光己さんに向かい、ぺこりと頭を下げる。下げた頭の中は、肉じゃがでいっぱいだった。いや、いっぱいに、した。急がなければ、緑谷家の肉じゃがが冷え冷えだ。
光己さんは人の良い笑顔を浮かべて、ちょいちょいと手招きをする。反射的に私は顔を近づける。すると、こしょこしょと内緒話が始まる。
「ひよこは出久のこと、好きなんでしょ?頑張りなさいよ!うちのは困ったときにでもね!」
「な、な……!」
こしょこしょ話のせいで私の顔は真っ赤に染まる。
顔を離すとまたも良い笑顔でばちんとウィンクをとばしてくる。どこまでも年齢を感じさせない人だ…としみじみ思った。
「で、では、おやすみなさい!」
「うん!あ、林間合宿気をつけて行ってくるのよ!」
「…はーい!」
林間合宿の言葉で少しだけ、ちろりと胸が焦げた気がした。でも、きっと、多分、気の所為だろう。
ガチャりと扉を閉めて、夏の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。すぐ帰るはずだったのに、こんな時間になってしまった。
はぁとため息をついてから、ああっと小さく悲鳴をあげる。
荷物について聞き忘れた。
まだ荷物、まとめ切れていない。
うっ、と道の真ん中で頭を抱える。
まだ、帰れないのだ。次は、緑谷家。
ホカホカとしたタッパーを胸に抱え、私はつま先を緑谷家に向けた。