第4章 研修医:五色工
研修医室の一番奥、パソコンに映し出されている英文をジッと見つめているのは外科研修医の五色工。
論文のための資料を読み漁っているのだろう。
かれこれ2時間近くそうしていた事にも気づいていない本人のためにコーヒーを入れてそっと机に置いたのは、同じ研修医の牧森羽音であった。
置かれたコーヒーカップをチラッと見た五色は、やっと時計を見たのか一瞬驚いた表情を見せてから、彼女の方へ視線を向ける。
羽音は五色にニコッと笑みを送って自分の席に着いた。
同じ研修医として働いている2人であるが、羽音が五色のあの自信あふれる姿や仕事っぷりに惚れて付き合いを始めて数か月。
外科医マスターになるべく勉学に励む五色を支えながら自らも研修医として働く彼女の仕事ぶりにも周りからすれば頭が上がらないと言った感じであろう。
羽音は自分の仕事の片づけを終えて五色の机に向かった。
「五色先生、今日は?」
遠慮がちに声を掛けてみると、眉間にしわを寄せたまま振り返る五色。
そんな彼の表情に羽音はクスッと笑った。
「牛島先生みたい」
羽音の言葉に、五色はいつもの表情に顔を戻す。
「論文今週中に仕上げたいんだ」
「じゃあ、先に帰るね」
そんな会話を交わしていると五色の胸ポケットに入っていたPHSが鳴る。
その画面には『瀬見英太』の文字。
『お前、まだ居たの?』
「はいっ、っていうかいると思って掛けてきたんじゃないんですか?」
『いや、ダメ元で掛けてみただけ』
「何ですか?」
『急患のオペ入ったんだけど人手足らなくて』
「行きますっ!」
当直帯のオペの誘いだった。
五色にとっては勉強の場でもあり、自分のスキルを上げるための舞台でもある。
牛島のオペに入るためにも経験を積んでいて損は全くない。
「緊急手術?」
帰ろうとしていた羽音も心配そうな表情を見せた。
「瀬見先生のオペ、手伝ってくる」
「頑張ってね」
ニコリとほほ笑む彼女は五色唯一の癒しであった。
五色はあたりと見回し、誰もいないことを確認すると彼女と唇を重ね、その一瞬の逢瀬を終わらせると白衣を背負って研修医室を後にした。