第3章 小児科医:及川徹
仕事が終わり片付けを終えて帰ろうとした時。
事務カウンター前で話をしている男子4名。
「お~、羽音。今日はもう終わり?」
話しかけてきたのはメディカルクラークの花巻さんだった。
手持ちの鞄をみせて退勤を主張すると今度は薬剤師の松川さんが私を誘う。
「今から、飲みに行くんだけど羽音ちゃんも行く?」
「今からですか?」
時計を見ればまだ7時を少し回ったところ。
これから夕飯の買い出しに行こうと思っていた所ではあるが、給料日前で少々財布が寂しい…。
「及川の奢りだぞ」
作業療法士の岩泉さんの囁きに、二つ返事で飲みに行くことを了承した。
「及川先生も行くんですか?」
問いかけてきたのは、新人医師の国見先生で、おそらくこの3人に絡まれていたのだろう。先ほどまで面倒そうな顔をしていたのに及川先生が行くと聞くとがぜんやる気が出たような表情に切り替わる。
確かに国見先生の問いかけ通り、ここには及川先生の姿は見えないので飲み会の主催者が及川先生である保証はない…。
「羽音が来るって言えば、来るだろ」
「えっ?」
「えぇっ??」
口を滑らせた花巻さんが私と国見先生の声に口を塞ぐがすでに手遅れ…国見先生は疑いの眼差しを私に向ける。
「まぁ、いずれバレることだし…」
取り繕う花巻さんが、パソコンの横に積んであった請求書の束を整えながらそう言った時、及川先生が緊急外来業務を終えて病棟へ戻ってきた。
「お疲れ~!みんなで集まって何してるの?」
にこやかな笑顔で、こちらに歩み寄ってくる彼は私の恋人である。知っている人も多いが、一応公にはしていないことになっている…が、今、目の前にいるクラークが口を滑らせたため、新人医師には知られるところとなった。
「及川先生の奢りで飲みに行く話です」
素直に答えた私に、クルッと身体を向けて首を傾げる及川先生はとてもかわいらしい。
「俺、いつそんな約束した?」
首を傾げている彼に、私も同じく首を傾げて肩を竦める。
「どうせ、使い道ねぇ金貯め込んでるんだろ?」
松川さんがそう言うと、隣にいた岩泉さんも大きく相槌を打った。
「……もぅ、仕方ないから、今日は季仙行っちゃう?」
ウインクする及川先生は更にかわいらしさを増した。