【イケメン戦国】お気に召すまま【修正完了しました】
第1章 incense
長い長い廊下を渡りきり、漸く家康の私室の前に立つ。
ふぅ、と息を吐き、ぱんぱんと頬を二度はたいて気合を入れた。
家康の前で、暗い表情なんて出来ない…
いや、したくない。
「失礼します…家康、入ってもいいかな?」
「千花?…どうぞ」
一声かけてから、ゆっくりと襖を開ける。
開いた向こう、少し白い靄がかかる中、家康は少し驚いた様な顔でこちらを見ていた。
そしてふわり、と、何処か覚えのある芳しい匂い。
「どうしたの、こんな所に」
「あの、光秀さんから預かった書状を持ってきたの」
懐に入れていた書を渡すと、家康がさらり、と目を流し中を改めた。
「わざわざ、この為に来たの。光秀さんも人使いが荒い…それとも、アンタがお人好しなのか」
「…うぅ…そのどちらも、かなぁ」
きつい物言いに思わず苦笑しながら答えると、こちらを真っ直ぐ見つめていた家康が少し目を逸らした。
「中に入りなよ、水くらいは出してあげる…襖を開けたままにされると、勿体ないからね」
「もったい、ない?」
言われるままに襖をぴったりと閉め、家康に近付くと。
部屋を開けた時にふわり、と香った匂いが少し濃くなった。
匂いの元を追いかけると、家康の後ろ、床の間に置かれた小さな器にたどり着く。
「…それは、お香?」
「へぇ、千花でも知っていることがあるんだね。
伽羅の上物が手に入って、折角だから焚きしめてたんだ」
何やら軽く馬鹿にされた気がしないでも無いが、綺麗な陶器で出来た香炉の中、薄く火が灯るのはとても幻想的で。
わざと日の入らないように幕の掛けられた仄暗い部屋の中、その光と香りで疲れを癒して居たのだろう…と思い当たる。