Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第18章 分かれ道
冬も終わりに近づき春の季節が始まろうとする頃だった。
一台の馬車が、ウォール・シーナの壁を通り抜け、ある場所に向かって走っていた。
その馬車の持ち主は、薬剤師のファティマ。車の揺れを感じながら、彼女は窓から外を眺めていた。
移りゆく景色を見つめる彼女の脳裏にあるのは、数ヶ月前に出会った少女の顔だった。
「珍しいこともあるものですね」
まるで自分の周りには誰もいないような、そんな静かだった空間に自分じゃない誰かが足を踏み入れる。その人物は、ファティマの目の前に座っている彼女の秘書だ。
「普段、あまり周りの人間に関心を示さない先生が、例の調査兵の女の子と話がしたいだなんて」
「……そうね」
「何か、その子から感じるものがあったのですか?」
「……えぇ」
兵士でありながらも薬剤師を目指す人間とは、初めて出会った。
強い意志が込められた真っ直ぐな瞳は、とても純粋なものだった。そこから伝わる、その者の清らかな心。
自分の欲求を満たすためではなく、誰かのために自分の人生や時間を懸けるその姿に心が打たれた。
「……ようやく、見つけたかもしれないのよ」
この腐った世界を変えられる人間に。
ずっとファティマが追い求めていた心に。
だから、会って話がしたいと思った。
そんなファティマが目指す先は、調査兵団の本部。そこにきっと、会いたい人物がいるはずだ。
「しかし、会ってどうするのですか?」
「どうするも何も、決まっているでしょう……」
その直後に発したファティマの言葉に、秘書は大きく目を見開いた。
予想外の回答に、信じられないといった表情で自分の上司を見つめる。
「ほ、本気なのですか? でも、彼女は首を縦に振るでしょうか……?」
「さあ……聞いてみなくてはわからないわ。けれど……」
少しでもあの純粋な兵士は、気持ちが揺らぐだろう。何しろ、元々は兵士ではなく薬剤師を目指していたのだから。
早く会って話しがしたい。
窓の外を眺めながら、ファティマは少しだけ口角を上げた。