第5章 壁外調査

調査兵団に入ってから一ヶ月。
とうとうこの日が、壁外調査の日がやって来た。

エミリ達は馬に跨り、門の前にいた。
その向こうには、二年前まで人々が暮らしていたウォール･マリアが、エミリの故郷がある場所だ。


(……ウォール･マリアに行くのは、あの日以来だ)


リノを優しく撫でながら、記憶は二年前に遡っていた。

自分達が育った場所は、人の住める場所では無くなり、憎き巨人達が徘徊していることだろう。

エミリの中に恐怖は微塵も無かった。
怒り。その感情が彼女の心を支配していた。

ここ一年程見なくなった悪夢も最近再び見るようになった。カルラが巨人に食われている記憶だ。

エミリは手綱をギュッと握り、顔を上げた。


「エミリ、大丈夫？」


エミリの様子にハンジが声をかける。しかし、ハンジが見たものは、恐怖に震える新兵の姿ではなく、憎しみと怒りが入り混じった表情をしたエミリだった。


「はい。問題ありません」


いつもよりも、幾分か低い声で返事をする。

ハンジは再び前を向いて、ゆっくりと息を吐いた。
今回入団した新兵達や、自身も含め、これまでに入団してきた調査兵は、最初の壁外遠征では恐怖に呑み込まれているものだ。

エミリは違った。
怒りや憎しみだけでこんなにも人は変わるのか。ハンジは苦しげに目を閉じる。


「開門30秒前！！」


開門のカウントダウンが始まった。
新兵達は皆、恐怖や不安、緊張に押し潰されそうになっていた。

震える者、顔を俯かせる者、何度も深呼吸を繰り返す者など様々だ。その中でも前を向いていたのは、エミリとフィデリオだけだった。
フィデリオもまた、あの日の惨劇を受けた者だ。彼も少しの緊張はあれど、恐怖は感じていなかった。


「これより人類はまた一歩前進する！！　お前達の訓練の成果を見せてくれ！！」


その言葉に、調査兵達が勇ましく声を上げる。
そして───


「開門始め！！」


門が開かれ、冷たい風が吹き抜ける。
壁の向こうが眩しくてエミリは目を細めた。


「これより壁外調査を開始する！　前進せよ！！」


エルヴィンの掛け声と共に、兵士達は壁の外へ足を踏み入れた。