第1章 波乱の幕開け?
そんな風に自分を気遣ってくれた純に対して、口論から多少頭に血が上っていたとはいえ暴言をぶつけてしまった事に、勇利は心底恥ずかしく思った。
「僕は、純の優しさに甘えてたんだ。だからあんな酷い事…」
「それは、僕も同じや。僕と違うて勇利は現役の選手やのに、言葉が足りひんどころかいらん事言うた上、それをリンク外でも引きずってしもうた。振付師がスケーターの信頼失わせるような真似は、絶対アカンのに」
「良く判ってるじゃないか。リンクでの問題はリンクで解決する。例え腹に思う事があっても、リンクを離れたら切り替えなければいけない。お前も勇利が相手じゃなかったら、ここまで依怙地にはならなかったんだろう?」
「勇利なら判ってくれる…なんて勝手な甘えと思い込みで、振付師としての言葉も自覚も欠けてたんや」
ヴィクトルの指摘を聞いて、純は首肯する。
「同い年で同期だったお前達の関係は、長所も短所も顕著に現れる。今後は、リンクの内と外でのケジメをつける事。いいね?」
勇利と純は互いに見つめ合うと、もう一度だけ謝罪をした。
完全ではないが幾分かいつもの落ち着きを取り戻した純は、アパルトメントに帰る為に今度こそ配車を頼もうとスマホを取り出す。
すると、
「あ、ちょうど良かった。純、今から俺の言う所に連絡して」
「え?僕、これから帰ろうと」
「…お前は一体、何処までバカなんだい?今夜はここに泊まってけって言ってるのに」
「は!?い、いやいやいや止めて下さい!謹んでご辞退申し上げます!」
「お前に拒否権はないよ。良いから今すぐ俺の言う通りにしろ」
続けられたヴィクトルの言葉に、純の顔色が変わった。
「ちょ、待って。あの人は関係ないやろ?ていうか、何でデコがあの人の番号知っとんねん!?」
「今回のお前のピーテル訪問に当たって、お前と彼のスケジュール確認をしたかったから、とっくにスケ連経由で入手済みだよ」
「そんなん、あの人はひと言も僕に…」
「変にお前に気負わせないようにしてたんだよ。未だオフシーズンだけど、お前は彼のアシスタントもしてるんだろ?今回のお前の軽率な行動で、一番心配するのは誰だろうね?」
「別に、言わんでもええやんか!」
「『アカン』」
思わぬ返しに、純は絶句した。