第1章 波乱の幕開け?
出されたカモミールティーのカップを傾けた純は、そこから漂う香りと温もりに、改めてひと心地着くのを覚えていた。
勇利の分にはブラウンシュガーをつけながら、ヴィクトルもハーブティーを一口飲むと、ソファの対角に坐る勇利と純に視線を向けた。
「…さて。食事中勇利にもちょっとだけ説教したけど、お前達はもう少しお互いの立場や考えを把握した方が良い。俺が傍にいなかったのもあるけど、今回のは起こるべくして起こった事だと思うよ」
未だ微妙に目元を赤く染めている純を一瞥すると、勇利は気まずそうに俯く。
「まず…勇利。不満があった時にその振付の問題点について述べるのはまだしも、純本人を否定するような物言いはダメだ。幾ら現役時代お前より格下の選手だったとしても、コイツのスケートの能力を求めたのは他でもない勇利の筈だよ?」
「ヴィ、ヴィクトル!」
率直過ぎる物言いに目に見えて狼狽えた勇利だったが、
「僕の事は気にせんでええ。ホンマの事言うてくれ」
穏やかな純の言葉に、勇利は気まずそうにしながらも「全然思ってないと言ったら嘘になる。ゴメン…」と力無く呟いた。
「大丈夫。現役中、僕が勇利の足元にも及ばんかったのは事実やしな」
「それはさておき、勇利はコイツの振付が不満だった?コイツの力は信用に値しないの?」
「違うよ!純は、僕が持ってないスケートのスキルや表現力を一杯持ってる!それに…」
海外生活はデトロイトで経験済みの勇利だったが、ロシアに移住してからは、スケート以外の所で若干不自由を覚えていた。
リンク以外では殆ど英語が通じず、勉強は続けているものの未だロシア語がそれ程話せない勇利は、知らず知らずの内にストレスが蓄積されていたのである。
それは、ただでさえ選手とコーチの兼任で忙しいヴィクトルには相談できない事であり、スケートへの切り替えも少々困難になり始めていたが、そんな勇利の様子に気付いた純は、ピーテルへ到着するや否や彼を外へ連れ出し、存分に日本語で会話する事で発散させてくれた。
「安心し、勇利。何があっても僕は君の味方や。これは誰かさんの受け売りやけど、君がもうイヤやて言わん限り、例え世界中の誰もが君を見捨てたとしても、僕は絶対に見捨てたりしいひん」