第1章 波乱の幕開け?
「今、日本は朝だけど、お前からの連絡なら彼は必ず出るだろうね。嫌なら、俺がかけるけど?」
肯定以外の返事を許さないとばかりのヴィクトルに気圧された純は、ため息を吐くと藤枝の番号に電話をかけた。
同時に、彼に出来るだけ淡々と自分の過失を簡潔に話してやり過ごそうと、懸命に脳裏で思考を巡らせる。
数コールの後で、電話越しだが久々に聞く恋人の若干眠たそうな声が、純の鼓膜と心をくすぐった。
「純か。どうした?」
「お、おはようさん。ごめん、寝てたよな?」
「さっき起きた所だから、気にしなくていい。そっちは上手くやってるか?」
「うん、まあまあってトコ。せやけど、今日はちょっと僕の所為で勇利と喧嘩してしもうて…」
「勝生とか?」
怪訝そうな声に、純は努めて明るい声で応じる。
「あ、けど、さっきちゃんと仲直りしたからもう大丈夫や。振付師の癖して、スケーターの事考えてへんかった僕が悪かったから…」
「…お前、何があった?」
「な、何が…って今言うた通り…」
「あんまり俺を舐めるなよ。これでもお前の声の調子や息遣いで、本当の事を言ってるかそうでないか位は判るつもりだ」
「…」
「純、」
もう一度受話器越しに促してきた藤枝の声に、いつしか純の瞳からは再び涙が溢れ返っていた。
藤枝の追求に観念した純が、途中何度もしゃくり上げ、つっかえながら事の経緯を正直に打ち明けると、スマホのスピーカーから盛大な叱責が返ってきた。
「この大馬鹿野郎!ちょっと言葉が判るからって、肝心の危機管理が出来てなきゃ、何にもなんねーんだぞ!」
「ごめんなさい…ホンマに迂闊でした」
「で、どっこも怪我はしてないんだな?ウソ吐いてねぇな!?」
「既のトコで、勇利とデコが来てくれたから…今夜は、デコの家に泊まらせて貰うとる」
「ったく、お前はロシアに遊びに行ってる訳じゃねえんだぞ。自分の役目も満足にこなせねぇなら、今すぐ荷物まとめて帰って来い」
「二度とこんな真似しいひいんから!僕は、振付師として勇利のサポートをするて決めたんや!」
「…どうだかな。そのサポートする筈の相手を怒らせて喧嘩するような奴が、本当に振付師なんて出来んのか?」
珍しく感情の籠められた藤枝の揶揄に、純は眉を吊り上げた。