第1章 波乱の幕開け?
ディスプレイに浮かんだ勇利からの返事に純は右の頬に笑窪を作ると、アパルトメントへの道を歩き続けていた。
しかし、目的地まであと少しという所で、純は自分の後ろから響く複数の靴音に気付き、眉根を寄せる。
(何やろ…さっきから一定の間隔でついてきてるような…?)
次いで、お世辞にも穏やかでない気配が純のすぐ背後に迫ったかと思いきや、見知らぬ3人の男達によって行く手を阻まれた。
「ニーハオ~♪随分独りで寂しそうじゃねぇかよ、キタヨーザ」
「俺達が遊んでやろうか?」
下卑た笑みを張り付かせながら、3人の中のボスらしき男が酒臭い顔を近付けてくる。
「…キターイェツとイポーニェツの区別もつかんような頭の弱い連中の相手するほど、僕は悪趣味やないねん。他を当たり」
一気に酔いが覚めた純は、内心の不快感とそれに勝るマイナスの感情に押し潰されそうな自分をどうにか奮い立たせると、表面上は努めて冷徹なロシア語で返した。
するとそんな純の態度がカンに障ったのか、男の1人が歩を進め純の手首を強引に掴んできた。
「痛…っ!」
「黄色い猿が調子に乗ってんじゃねぇよ!お前がバーで誰にも相手にされずにいたから、声かけてやってんだろこっちは!」
壁に押し付けられる格好になった純は、別の男によってスプリングコートの前を肌蹴させられる。
「最悪な壁ドンや」と思わず自分の置かれている状況も忘れて逃避しそうになっていた純だったが、男の色素の薄い瞳がコートの隙間から覗いた自分の身体を舐め回すように凝視しているのに気付くと、全身に悪寒が駆け抜けた。
「へっへっ。バーで見てた時から思ってたけど…お前、男知ってるだろ?」
舌を鳴らせながら尋ねてきた男の不躾な言葉に、純の頬が紅潮する。
「今夜は独りで寂しくて、ケツが疼いてんじゃねぇか?…俺達がたっぷり可愛がってやるよ」
嫌悪感とそれ以上の恐怖に支配されかけた純だったが、一瞬の隙を狙って自分の手首を掴んでいた男の手を反対の手で掴むと、長年の鍼治療で覚えた「手三里」と呼ばれる肘のツボを思い切り押した。
突然の痛みに呻きながら体勢を崩した男の腹を力任せに蹴り飛ばすと、残りの2人に向けていかにもそれっぽい型を取る。