第2章 言葉よりも、雄弁に
演技を終えた純は、身体を起こすと周囲からの歓声や拍手に慌てたように手を振った。
「ニェット、ニェット!これはただのレッスンや!」
しかし、
「自分を卑下するような美しくない行為はおやめなさい!」
リンクの外から厳しい女性の声が、純の動きを止める。
「この賞賛は、紛れもなく今の貴方の演技に対する評価です。リンクに立つ以上、それは競技者であろうがなかろうが関係のない事よ」
「…」
リリアの言葉に、純は立ち上がって周囲を見渡す。
勇利の『エロス』を使ってSPの構成や時間に則ってはいたが、自分の滑ったプロは、昨今のジュニア男子でも通用するかどうかの難易度である。
だが、勇利達に限らずここにいるギャラリーの誰もが、自分に惜しみない拍手をしているのに対して、競技者の頃とは違った快感を覚えているのも、また事実であった。
(僕は…これからもまだ、スケーターとして滑ってもええんやろか…?)
頭の中で自問自答しながらも、やがて純は口元に笑みを浮かべると、優雅な仕草でギャラリーに向かって一礼した。
ストールを拾いつつリンクを出ると、ブレードカバーを付ける間もなくそれまで純の演技を見ていた若い選手達から「スピンのコツ教えて」「どうしたらあんなエッジワークが出来るの?」等と質問攻めに遭う。
些か困惑しながら視線を動かすと、満足そうな表情をしている勇利とヴィクトルがいた。
「純、お疲れ様!競技の頃とは違うけど、とっても素敵だったよ!」
「ま、あれだけ『エロス』を表現出来れば合格点を上げてもいいかな。何せ勇利が、一瞬だけど完全にお前に目を奪われてたからね」
「ちょ、ヴィクトル!」
横目で軽く勇利を睨んでいるヴィクトルを見て、純は吹き出すと、わざとらしく得意げな表情をした。
「そらそうや。だって僕は、勝生勇利の『愛人』やもん♪たまには『正妻』をビビらせとかんとなあ」
「純まで何言っちゃってるの!?」
「…別にビビってなんかないんだけど?」
暫く3人で笑い合うと、改めて純は勇利を正面から見据える。
「──待たせたな。明日からは一切遠慮なしでいくで」
「望む所だよ。こちらこそ、よろしく」
言葉を切った2人は、互いの両手をきつく握り締めた。