第2章 言葉よりも、雄弁に
「純は、競技者にしては優し過ぎた。にも関わらずあそこまでの成績を収められたのは、お前には及ばないがあいつの類稀な才能と努力の賜物で、それは現役を退いた今でも、スケーターとして充分通用するものだと思っている」
丁寧でなめらかな純の手指の動きは、リンクにいるギャラリーの目を奪う。
「そして、そんなあいつの力をお前は求めた訳だが…今でもその気持ちに偽りはないか?」
「え?」
「あいつは、お前のサポートをするにあたって『自分の持っているスケートのスキルその他全てを勇利に賭けてみたい』と言っていた。だが、お前が単なる友人としての情だけで、拒絶する程あいつの力が特別必要な訳でないのなら…純を解放してやってくれないか」
かつてのコーチとして、そして今では恋人として純を誰よりも大切に思う藤枝の言葉が、勇利の胸に刺さる。
同時に、自分が純にした事への傲慢さやその他様々な想いを噛み締めると、意を決したような表情で答えたのだった。
「──僕は、純が欲しい」
(『私が欲しいの?でも、貴方は私に何をしてくれるのかしら?』)
色男の伸ばしてきた手を振り払うように小刻みにステップを踏んだ後で3Sを飛んだ純は、更に挑発的な視線を向ける。
純の伏し目がちの黒い瞳に射られた勇利は、不覚にも一瞬目だけでなく心も奪われそうになる。
「誘惑されるのはアイツの演技だけにしてくれよ」
「え、えぇっ?何言ってるのヴィクトル!」
勇利達ほどのスピードはないが、それが気にならないのは、純の繋ぎやスケーティングそのものの丁寧さと滑らかさ故だろう。
(競技者の僕は、いつだって勇利に勝てへんかった。僕が必死に努力して、何とか勇利の背中が見えてきたかなて思うた瞬間、君は僕の目の前から遙か先を駆け抜けていったから)
スケートに限らず、世の中には努力だけではどうにもならない事がある。
それでも純は、自分のスケートに確固たる自信があったし、それを他者から蔑ろにされる謂れはないと思っている。
(年々変わるルールや上がっていくレベル…競技者はホンマに大変や。でも、スケートはジャンプよりも滑っている時間の方が長い。簡単な事こそ丁寧にやり。そうすれば…競技やないけどこんな事かて出来る!)