第8章 若獅子と不良娘②”恋”
「お嬢が来る!?」
朝ご飯時、お館様の言葉に米粒を撒き散らす勢いで幸村が叫んだ。
三ヶ月いて、お嬢の正体はわかっている。私の浴衣とかはその人のものだから。
お館様のひとり娘で、今はお嫁にいったと聞いている。
「あぁ。独眼竜から電話があってな、今日は人が少ない上に、幹部連中がこぞっていないらしくて、心配だから預かってくれ、と」
「そっか~。そろそろだもんね、予定日」
独眼竜?予定日??
「あぁ…独眼竜ってのが、うちのお嬢の旦那さん。伊達組の組長なんだよ。もうすぐ子供が生まれるんだ」
「…へぇ…」
私が首をひねっていたら、佐助が横から教えてくれた。
「…お嬢と会うのも久方ぶり。楽しみでござるな」
にこり、と笑った幸村の笑顔がなんだかいつもと違うと、そう思ったのは、私の気のせいだろうか…。
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「…いいか?大人しくしてろよ?うっかり転んだりなんかするなよ?それから具合悪くなったらきちんと言って、俺にも連絡を…」
「あーもう!大丈夫だってば!心配しすぎ!!」
「なんかもうすっかり過保護なパパだよね~。独眼竜の旦那、女の子生まれたらどうすんのさー」
「HA!愚問だな。嫁にはやらねぇ!!」
「…今から何言ってんの…全くもう…」
「お嬢、荷物は某が!」
「ありがとう、幸村」
「まぁなにはともあれ…悪いな、幸村。よろしく頼む」
「承知!」
(…あの人達が独眼竜とお嬢、か…)
玄関先での騒がしい再会を少し離れて眺めつつ、噂の二人を確認すると同時に、直感する。
(…あぁ…幸村はあの人のことが好きなんだ…)
お嬢の隣で穏やかに微笑む幸村の瞳は、とても真摯で優しい。
(……最悪。なんで幸村の笑顔ひとつで私がこんなに浮き沈みしなきゃいけないの…)
やわらかな笑みにときめいて。
真摯な瞳に嫉妬した。
自覚なんてしたくなかったけれど、もう否定のしようもないほど私は彼に惹かれている。
けれど自覚したが最後、もう引き際だ。
ここは私の居場所ではないし、彼の優しさも私だけのものではない。
くるりと談笑する彼等に背中を向けて、私は少ない荷物をまとめに部屋へと向かった。