第9章 何事も全力で
「新山君、他の仕事は終わった?」
私は切り替えるようにそう聞く。
「えぇ。終わりました。部長も早く帰った方がいいんじゃないですか?さっきあなたのことを好きと言った男ですよ、僕は。二人きりなんて身の危険感じません?」
彼私にそう言う。
「お疲れ様…」
私がそう声をかければ、満面の笑みで
「ご苦労様でした。」
と挨拶をして帰っていった。
態度は紳士のようなのに、どこか意地悪で。
その点では幸弥に似ていた気がした。
「…好きだなんて聞いてないよ」
私はデスクに座って独り言を言う。
これから先、また一波瀾ありそうだと感じた。
とりあいず家に帰りたい。
帰ってご飯を食べよう。
私はPCの電源を落とし、フロアに誰もいないことを確認して電気を消して会社を後にした。
ガタゴト電車で揺られる。
その間も彼の発言が気になってしょうがなかった。
[世界って狭いな。]
私はそう思った。
これから先、私の彼に対する[部下への接し方]と彼の上司に対する[好きな人への接し方]は成り立っていくのだろうか。
私は疑問に思う。
そして私の中ではもうひとつ疑問が浮かんだ。
[彼はまだ私のことを好きなのだろうか。]
だってそうだ。[好きでした。]という言葉は[過去形]になるのではないか。
そうなのであれば私はそこまで悩まずにすむ。
けれど、もし私の解釈が違えば彼の気持ちを無駄にすることになる。
それならそれで嫌なのだ。
気持ちの接し方は人それぞれ。
私のように自分の気持ちに気づけず、誰かに言われるまで自覚が持てない人や、
幸弥のように自分が悪かったかのように見せかけて相手を気遣い自分の気持ちは後回しにしてしまう人、
裕のように自分の気持ちの思うがままに動いてみようとする人。
だけど、自分に向けられた気持ちはちゃんと返事をしたい。
私は悩みながら、考えながら、帰り道をたどった。