第9章 何事も全力で
会社での残業中、部下にふいに聞かれた。
「部長ってここ最近少しきれいになりましたよね?」
「へぇー、よく見てるね~。君。」
お互いにPC画面を見ているものの、少し嬉しくなり顔が緩んだ気がした。
「女の人は、恋すると綺麗になるって兄から聞いたことがあります。」
「お兄さん、そんなこと言うくらいだし相当モテるんでしょ?」
私は少しだけ微笑んで視線を彼に向けた。
「…まだ、僕のことだれかわからないですか?」
ん?どうゆう話の流れだ?
私は一瞬何があったのかわからなかった。
「僕のこと、誰かわかります?」
彼はそう言って出来上がった資料をもち、私のデスクへと近づいてくる。
「僕の名前は?」
彼はデスクに座っている私を見下ろして言う。
「新山君?」
私は彼の名を口にした。
「そうじゃない、下の名前です。」
「下の名前…」
彼の下の名前を言えと言われて私は戸惑う。
職場では基本苗字で呼ぶため細かく下の名前まで覚えていることはあまりなかった。
「僕の名前は新山 秋。新山 幸弥の弟です。」
「あっ!」
彼に言われ記憶が蘇る。
彼は私の4つほど下で去年新入社員として入ってきたと聞いている。
しばらく会っていなかったからまったく気づかず、数ヵ月仕事をしていたが言われてみればそうだ。
「あ、あの、その節はあの。」
私は戸惑ってしまい視線を反らす。
「あ、兄の件で怒ってたりしないですよ、それは気にしないでください。理由を伝えなかった兄も自分勝手だと思うので。」
彼は少しだけ口角をあげて微笑んだフリをするが、どこか不機嫌そうな気がした。
「僕は自分のことを忘れてた部長、いえ日向さんに少し怒ってます。」
彼はそう言うと私に迫った。