第2章 強い男
兄たちについて夜道を足早に歩き回っていると、ふと、声が聞こえた。
「…?」
弱くて、小さな声は俺を呼んでいる気がして。
直感、する。
「…ゆきが、泣いてる…!」
そう思った瞬間、まるで導かれるかのように、その声の方へ駆け出した。
黙って兄たちの元を離れてしまったことを気にしている余裕もなく、足元さえもよく見えないような暗い夜道を必死で駆けて。
―辿り着いたのは、一本の大きな桜の木だった。
暗闇の中、淡い白色に桜が浮かび上がって。
まるでそこだけ、別の世界のような雰囲気だった。
「…っひく、歳…さん…」
今度は耳に直接聞こえる、ゆきの声。
俺の名を呼ぶ、弱々しい声音に胸がきゅう、と締め付けられる。
「……」
ゆっくりと近づいて、桜の木の下でうずくまって泣いている小さな影を、ぎゅうっと抱きしめた。
「…!?」
「……ゆき…」
びく、と震えた体を抱きしめながら名前を呼んでやれば、泣き声は一層激しくなって。
「…ふぇ、歳さ…っ、歳さん…っ!」
「…大丈夫だ。もう大丈夫だから…」
縋り付いて泣きじゃくる姿に、安堵して。
腕の中のあたたかさを、ひどく愛しく思う。
「…俺が、お前を護ってやる。強い男に…武士のような男になって。お前を護るから…だから…、
もう、泣くな…」
ゆきの泣き声は、ひどく胸を締め付けるから。
俺は、武士のように強い男になろう。
どんな風雨からも、お前を護れるように…。
この日の誓いが、後に彼自身の夢になり、この翌年に出会う親友と共に目指す道となることは歳三自身、まだ知るよしもなかった…。