第1章 叶えたい夢
ー武州、多摩。
土方家四男坊、歳三24歳。
多摩川の土手に咲く、大きな桜の木の下が、歳三のお気に入りの場所だった。
昔、自分の名を呼びながら泣いていた、小さな幼馴染をここで見つけて以来、この桜の木は俺にとって特別な場所になった。
「あ。またさぼってる」
はらはらと舞い散る桜の木の下で、行商用の薬箱を置いて、長い昼寝をしていたら、頭上からよく知る声がふってきた。
「…んだよ。今日の仕事はもう終わりだ」
「まーた、そんなこと言って」
のろのろと瞼を開ければ、眉根を寄せた幼馴染の顔が目に入る。
「…お前こそどうしたんだよ。もうじき日が暮れるぞ」
「私はおつかい。今から家に戻るところだよ」
そうか、と上体を起こせば、彼女の手が伸びてきて。
「ふふ。歳さんの頭、桜だらけだよ」
細い指が、俺の髪に絡んだ桜の花びらを、丁寧にとっていく。
―ゆきは、俺の4つ年下の幼馴染で。数少ない、俺の夢を知る人物でもあった。
お大尽と呼ばれる土方家にも引けをとらない、豪農の生まれで、家も近いことから昔からよく一緒に遊んでいたものだ。
俺とよく遊んでいたということは、もちろん勝ちゃん(後の近藤勇)とも友人な訳で。
俺たち百姓が、武士になりたい、とずっと願ってきたのをゆきは笑うことなく、共に願ってくれた。
そんな彼女の、ひだまりのような笑顔が、俺は何よりも好きだった。