第8章 船出の時
一定の距離を保ち船まで歩く二人
前を歩くローの背中を見つめながらはいろいろな事を思い返した
が働いていた店は表通りから随分と離れた裏通り
外出を禁じられていたにはずっと住んでいたはずのこの街の景色全てが初めて見るものばかり
ほんのりと潮の香りが鼻を掠める
「海の匂い…」
心地良い潮風になびく髪
この香りをとても良く覚えている
エースが会いに来てくれたとき、小さな瓶に海を作って見せてくれたから
瓶の中の海には底に砂が敷かれ、ピンク色の小さな貝殻が一つ転がっていた
宝物にしようと思っていたのに
おっちょこちょいなエースが手を滑らせて割ってしまったんだっけ
(次は一緒に海へ行こう。)
エース、ほんの少しだけあなたを近くに感じられる
…………
は両手を広げて空へ伸ばした
自由
それは狭い世界に生きて来た自分には遠く、ずっと憧れていたもの
好きに生きる時間など与えてもらえなかった
この身体が覚えているのは打ち付ける男達の欲だけ
伸ばした手を降ろし両手を見る
汚れた身体…
決して消えはしない身体に染み付いた過去…
やっと海岸へ出たころ、二人の距離がかなり空いている事に気付きローは後ろを振り返った
「…………ッ!」
ほんの一瞬、に羽が生えているように見えたローは驚いて目を見開く
だがそれは瞬きと共に消え、やはり目の錯覚だったと息を吐く
しかし、
ほんの一瞬…たとえ目の錯覚だったとしても
の姿はまるで天使のように儚く美しかった