第1章 明日も笑おう
暗い部屋の中、俺達は温かいコーヒーを飲む。
月明かりだけが差し込むこの部屋は、現実世界から切り離された空間のようで、こんな世界に二人きりでいるこの時間がずっと続けばいいのにと思った。
月明かりに照らされるさんは幻想的でとても美しい。
コーヒーを一口飲んだ彼女は、一息つくと語り始めた。
「実は私、音が聞こえないの」
「え?」
「聴覚障害とかじゃなくて、なんて言えばいいのかな。ピアノを弾くと、音が聞こえなくなるの。聴こえるんだけど重くて濁った音として聴こえちゃうのよ」
初めて語った彼女の心の闇。
彼女は中学生のときにピアニストとして世界に名を轟かせた。
だけど17歳になったばかりの時、ピアノが急に弾けなくなったという。
理由は家族。
彼女の家庭は母子家庭で、16歳になる直前に離婚したという。
それから母親の強要が激しくなり、それが重荷となってピアノから音が消えたと、彼女は言う。
それから彼女はピアノを弾くのをやめた。
「で、去年母親が病気で亡くなってこれで自由にピアノが弾けると思った。でも、弾けなかった。母の重圧がいまだに圧し掛かってきて、ピアノを弾こうとすると、手が震える」
自分の指をぎゅうと握りしめるさん。
彼女の弾くピアノが寂しく感じたのには理由があったのか。
「でも不思議なのは、君が来てからあまりそう言うのがなくなった」
「え?」
「君は私の音楽に色がついているって言ってくれたよね。今までは私の音はモノクロで何もない世界だった。だけど、君と出会って、私の音楽には色が付き始めた。世界がまた美しく変わり始めた」
今にも泣き出しそうな顔。
だけどそれは歓喜に満ち溢れていて、人は嬉しくても涙が出るものだと知った。